【知花敏彦先生】人間とは何か・・・神である。

こんにちは、\ソウジャ です。/

今回は、根源的な話ですが
宗教という観点で観ない視点が
必要です。

云うなれば、
「人間は神」であるということです。

この「カミ」
超太古から云われ続けている
このカミは、いったいどのような
存在なのでしょう?

キリスト教やユダヤ教での
神は
エホバとかヤハウェとか
直接神を指す言葉すら
用いるのは
憚(はばか)れるようです。

つまり「カミ」と人間とに
間をつくり、
人間は、神の前にひざまずく
存在にしてしまっているのです。

さて、あなたは、この「カミ」という
存在について、
考えたことがありますか?

そんな事、
恐れ多くて、考えもしないし
しては、ならないのでしょうか?

もし、そのような考えであれば
それこそ、カミを
感じてない証拠ですし
カミに近づいていないし
何よりも
「思考停止」であり
そのような状態は
「反カミ」の連中の
思うツボでしょう。

ということで、「カミ」について
考えてみましょう。

■人間とは何か

以上の内容を
1.「宗教」としてとらえるのか
それとも
2.「科学」として理解するのか
あるいは
3.「トンデモほら話」として
一蹴するのか
で、あなたの思考の分かれ道に
なっています。
わたしは、「2.の科学」として
信じています。

■編集後記
カミということばは
日本人にしかわからない
言葉の合成的ニュアンスが
あると思います。

それは
カミの「カ」は、様々に連想
できますが、
モノの形である
カタチの「カ」や
「上」の「カ」とか

下記の文字イメージは
日本の超古代の
神代文字で表す
「か」の文字を表します。

      *
       *
     *  *
      * *
*     * *
 ***********
            *
          *

どことなく漢字の「上」
を表していると
思いませんか?

直感で「カミ」が有るよに
思います。

次に
カミの「ミ」は
ちなみに
日本語の中で、接頭辞の「ミ」として
馴染みがある。
つまり、神仏・天皇・貴人などの
尊敬すべき人に属するもので
あることを示し、尊敬の意を
添えるという尊敬語になっている。

具体例として、、、
天皇家では、、
・御幸通り(ミユキドオリ):兵庫県姫路市の地名
・御厨(ミクリヤ):大阪府大阪市東大阪市の地名
・御影(ミカゲ):兵庫県神戸市東灘区の地名
・御輿(ミコシ):天皇の乗る輿
・御子(ミコ):天皇の子
・御代(ミヨ):天皇の治世やその在位期間
・御陰(ミカゲ):天皇から受けた恩恵
・御簾(ミス):宮殿に用いるすだれ
・御厳(ミイツ):天皇の威光
・御言葉(ミコトバ):天皇の言葉
など、、、
仏神関係では、
・御輿(ミコシ):神霊の乗り物・神輿
・御子(ミコ):神の子・神子
・御簾(ミス):神殿に用いるすだれ
・御手洗(ミタラシ):神仏を拝む前参拝者が手や口を洗い清める所
・御仏(ミホトケ):仏を敬っていう語
・御厳(ミイツ):神の威光
・御衣木(ミソギ):神仏の像を作るのに用いる材木
・御前(ミマエ):神仏の前
・御酒(ミキ):神に供える酒
・御堂(ミドウ):仏像を安置した堂

ところで、
戦中以前、天皇は現神(アラヒトガミ)
として見なされていたので、
天皇や神仏に関する同じ語彙に
「ミ」を付けることは
不思議ではなかった。
これは、天孫降臨神話の観点で
みると、御子(ミコ)
は神の子とも言える。

他にも、「ミ」の付くことばに
御坂(ミサカ)、とか
御稲(ミシネ)とかいう語彙があるが、
これらは、尊敬語というより
天皇や仏神に関わる
坂と稲のようであり、
たとえば、新嘗祭のため
天皇が直接種籾を植える儀式に
使われる稲が
「ミシネ」であろうと云う。

さて、キリスト教での
「ミ」の接頭例では、
・御旨(ミムネ):(『典礼聖歌』(1980)あかし書房:54 番)
・御業(ミワザ):(『典礼聖歌』(1980)あかし書房:393 番)
・御国(ミクニ):(「ミサ後の祈り」、日本カトリック教会)
・御心(ミココロ):(「主の祈り」日本カトリック教会)
・御言葉(ミコトバ):イエスの言葉
・御名(ミナ):(「主の祈り」日本カトリック教会)
・御聖(ミセイ):(『典礼聖歌』(1980)あかし書房:202 番)
・御意図(ミイト):(『典礼聖歌』(1980)あかし書房:202 番)
・御王(ミオウ):(『典礼聖歌』(1980)あかし書房:202 番)
・御許(ミモト):イエスのもと
上記のキリスト教(カトリック)に
関する語彙の主体はいずれもイエス
である。
なので、「ミ」はイエスを敬って
付けているのである。
御国(ミクニ)とは
イエスの理想が実現できている
国であり、キリスト教以外では
様々な意味がある。
たとえば、「御国譲り」は
天皇が皇太子に譲位すること。
ところが、同じ「ミクニ」でも、
「御国言葉」は
日本語の意味で、日本の意味になる。
しかし、現代、今日の一般社会では
「御国」(オクニ)という言い方で、
故郷を意味し、例えば、
「お国はどこですか」という
問いを耳にしたりする。
そして、御言葉(ミコトバ)や
御許(ミモト)は信者の祈りや
言葉の中でよく用いる語彙である。
また、
「御名」が天皇の名前である場合は
「ギョメイ」とし、
一方、イエスの名前の意味としては
「ミナ」という。
ちなみに、カトリック教会の祈りの
中では、三位一体の意味合いで
「父と子と聖霊の御名(ミナ)によりて
アーメン」という
下りがあるのです。
(参考:日本語と韓国語における敬語の意味・機能に関する研究・・・https://core.ac.uk/download/pdf/48513530.pdf

以上、「カミ」の音韻から連想する
イメージの数々ですが、

天上の気高さを感じる
ことばになってると思います。

そして日本語は
言葉の意味と発音が
直感的に
結びついている言語であり
まさに
カミからの言葉を
受けやすくなっているように
思います。

最後に
皆様の内なるところに
「カミ」が宿っていることに
確信されますように
祈ります。

では、また。


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