【05 of 23】女性エイリアン【エアル】へのインタビュー

こんにちは、\ソウジャ です。/

「グーグル同期ウザイ僕ちゃんふざけすぎやろ」
さまの
https://www.youtube.com/channel/UC_p0nmKWaCwcL7FA_0sYweg
より、、、

分割して、文字起こしして
一連のまとめ動画の
05 of 23 日本語版
より置いときます。。

なぜならば、この中に知られていなかった
真実が述べられていると
確信したからです。。。

★完全版★エイリアンインタビュー 05of23 日本語版 /ローレンス・R・スペンサー編/マチルダ・オードネル・マックエルロイが提供した文書に基づいて(第08章 近史のレッスン より)

<文字起こし>______________
・・・
「太陽タイプ12クラス7」の惑星は、
炭素- 酸素基の生命体が居住する惑星に
与えられる表記である。
惑星のクラスは星の大きさと
放射線強度、その惑星の軌道が
星からどのくらい離れているか、
また惑星の大きさ、密度、重力と
化学成分に基づいている。
同じく動植物もそれらが居住している、
星のタイプと惑星のクラスに
従って分類される。

平均して物理的な宇宙では、
呼吸できる大気を持った惑星の割合は
比較的小さいものだ。
ほとんどの惑星は地球のような、
つまり大気の化学成分が植物と
他の有機体に栄養分を提供し、
それが代わりに他の生命体を支え、
生命体が「常食」できるような
大気を持ってはいない。

ヴェーダ讃美歌とヴィシュヌ神

ドメインの勢力が、8200年前に
ヴェーダの讃美歌をヒマラヤ地域に
もたらした時、いくつかの人間の社会は
もう既に存在していた。
その後アーリア人たちが
インドを侵略して征服し、
ヴェーダの讃美歌集を
その地域に持ち込んだ。
ヴェーダは彼らによって学ばれ、
記憶され、7000年間にわたり
口頭で継承され、その後、
文書化された。
その時期、
ドメイン遠征軍の士官の
1人が地上に「ヴィシュヌ」
として転生した。

彼はリグ・ヴェーダの中に
何度も記載されている。
ヒンズー教徒たちは彼を未だに
神と見なしている。
彼は「旧帝国」の勢力に対する
宗教戦争の中で戦った。
彼は非常に優秀で、
攻撃的なIS-BE(魂)であり、
とても有能な士官でもあったが、
その後、ドメインの中で
別の任務に転任された。

人間の精神を支配する目的で
創作された多くの神々

私が伝えるこのエピソードの
すべては、「旧帝国」の
行政官たちが作り上げた
「エジプトの神々」に対し、
攻撃と反乱として
画策されたものである。
この戦争には、
偽りの神々と偽りの文明の
要素から人類が解放されるのを
援助する意図があった。
それは人類に埋め込まれた
たくさんの神々に
注意を向けさせ、
それを管理していた神官たちは
人間たちに迷信的な
儀式や崇拝を要求した。
それらのすべては、
「旧帝国」が地球の
IS-BE(人間)たちに
行なっている、
自分たちの犯罪行為を隠すための
精神操作の一部だった。

神官・祭司という地位、
あるいは看守たちの存在は
人々に、個人とは単なる生物的な
肉体でしかなく、
不死の霊的な存在ではない
という観念を強めるために
役に立った。
個人にはアイデンティなどはなく、
個人は1回きりの人生であって
過去世はない。
個人には力はない。
ただ神々だけが力を持っている
という観念を人々に刷り込んだ。
そうした神々とは祭司たちの企み
であり、彼らが人と神々の間を
取り持ち、仲裁するとし、
それに従わない者を
永遠に続く霊的な罰で
脅す神官の命令の前に、
人々は奴隷でしかなかった。

すべての囚人たちが
記憶喪失者であり、
さらに祭司たち自身すら
囚人であるこの牢獄惑星に
おいて、他に何を期待することが
できるのか?
ドメイン勢力による地球への介入は、
未だに機能し続けている
「旧帝国」のマインド
コントロール・オペレーションの
ために、完全には成功していない。

神だけが偉大で、他のすべては
塵(ちり)、芥(あくた)という
概念の誕生

宗教的な征服を続ける
「旧帝国」勢力とドメインの間に、
戦争が行われた。

そして紀元前1500年と
約紀元前1200年の間に
ドメイン勢力は、
「個人とは不死で霊的な存在である」
という概念を、
地球の複数の影響力のある
存在たちに教えることを試みた。
しかしその内の一つの事例は、
その概念が(キリスト教という
宗教において)非常に悲劇的な
誤解、誤訳と誤用という結果を
もたらした。

その観念は歪められ、
あらゆるIS-BE(人間)が
霊的存在であるという
真実の代わりに、
IS-BE(真の人間)は
1人(キリスト)しか
いないということを
意味するように
適用されたのである!
明らかにこれは酷い
理解力のなさであり、
自分自身に対して責任を
負うことを完全に
拒否したということである。

こうして「旧帝国」の
神官、祭司たちは、
個人の不死という概念を、
全能なIS-BE(神の子である人間)は
1人しかいず、
他の誰もIS-BE(神の子)
ではなく、
それになることも
許されないという観念に
うまく変質させることが
できた。これは明らかに
「旧帝国」の記憶喪失
オペレーションの企みである。
こうした改竄(かいざん)された
考えを、自分の人生に対して
責任を負いたくない者たちに
教え込むことは簡単な
ことである。
つまり、奴隷とは
そのような存在のことを言う。
創造すること、
また自分の存在と
自分の思考や行動に関する
責任を他の誰かに
負わせようという選択、(つまり
誰か他人が自分の罪を負うという
考え方)をする限り、
その者は奴隷だからだ。

その結果、一つの一神教的な
「神」の概念がもたらされた。

それは多くの自称預言者たち、
たとえばユダヤ人の奴隷たちの
指導者であるモーゼによって
布教された。
モーゼはファラオ、
アメンホテプ三世と彼の息子
イクナートン、
イクナートンの妻ネフェルティテイ、
そしてイクナートンの息子
ツタンカーメンの王室の中で育った。


「蛇の兄弟」

地球にいる特定の存在たちに、
彼ら自身がIS-BE(神である人間)
という真実を教える試みが
行われたが、それはエジプトに
おけるアモンの祭司として
知られている「蛇の兄弟たち」と
呼ばれる、「旧帝国」の
密教的カルトによって創造された、
おびただしい
神々を打倒する計画の一部として
行なわれた。
それらの神々は架空の、
隠喩的で、擬人化された
神々だった。
彼ら「蛇の兄弟たち」は、
「旧帝国」内部では遥か
古代から存在する秘密社会だった。

ファラオ・イクナートンは
あまり賢い存在とは言えず、
自分を美化するという
個人的な野心に強く
影響されていた。
彼は、誰もが霊的な存在である
という概念を改竄(かいざん)し、
その概念を太陽神アテンに
体現させた。
彼の惨めな人生はすぐに
終わらされることとなり、
「旧帝国」勢力の利益を
代表していた
アモン、あるいはいまだに
キリスト教徒たちが唱える
「アーメン」でもいいが、
その2人の神官マヤと
パレネフェルの手によって
暗殺された。

シナイ山で
「モーゼ」に顕現した
「ヤハウェ」の真相

こうして「唯一神」
という観念は、
ヘブライ人の指導者
モーゼにより、
彼がエジプトにいた間に
不朽のものにされた。
彼は、自分の民として
選んだユダヤ人の奴隷たち
とともにエジプトを去った。
そして彼らが砂漠を
横断している時、
モーゼはシナイ山の近くで
「旧帝国」の工作員に
引き止められた。
そこでモーゼは、
催眠暗示と「旧帝国」が
IS-BEを捕らえるために
頻繁に用いてきた
テクニックである、
感覚的幻覚(ホログラフィー)の
使用を通して、
この工作員が「その」
唯一神であると信じるように
騙されてしまった。
その時から、
モーゼの言葉を暗黙のうちに
信頼していた
ユダヤの奴隷たちは、
彼らが「ヤハウェ」と
呼ぶ一つの神を
崇拝するようになった。


「ヤハウェ」という名前は「匿名」
という意味である。

なぜなら
モーゼと「協力した」
「旧帝国」の
IS-BE(生命存在たち)は、
実際の名前や
自分の身元を特定したり、
あるいは
記憶喪失・牢獄オペレーション
の隠蔽を暴かれてしまうような
ものは使えなかったからである。
この極秘の
記憶喪失・催眠術・牢獄
システムを所有する彼らが
絶対に避けたいことは、
地球のIS-BE(人間)たちに
自分たちの存在を公然と
明らかにすることである。
彼らはそれが、
地球の囚人たちの記憶を
回復させてしまうと
感じているからである!

これが、宇宙文明の工作員と
人間の間に存在する
物理的な遭遇のあらゆる
痕跡が、非常に入念に隠され、
偽装され、隠蔽され、
否定するか、誤った方向へ
かわせられてきた理由である。

モーセの「十戒」に秘められた催眠暗示

この「旧帝国」の工作員は、
砂漠のシナイ山の頂上で
モーゼと接触し、
「10の催眠暗示」
(十戒)を彼に言い渡した。
これらの命令はとても
強硬な言葉で表現されており、
S-BE(人間)たちを
コントロールする者の
意思に対して完全に
従属的にさせる。
しかもこれらの催眠暗示は、
未だに効果があり、
実に何千年来、何百、何億
というIS-BEたちの
思考パターンに影響を
与えている。

ついでだが、
我々は後に、
このいわゆる「ヤハウェ」は
旧約聖書の文書を書き、
プログラムし、暗号化した
ということを突き止めた。
それは文字通り、
解読された状態で読めば、
それを読んだ者たちに
さらに大量の偽情報を
与えるようになっている。

最終的にヴェーダの
讃美歌集は、
ほとんどすべての東洋の宗教の源
となり、仏陀や老子、ゾロアスターと、
他の哲学者たちに共通する思想の
哲学的な源であった。
これらの哲学の啓蒙的な影響が、
やがて「旧帝国」の宗教の残忍な
偶像崇拝に取って代わり、
優しさと思いやりの
真の起源となった。
<ここまで>_______________

■編集後記
神の認識について、
「絶対なる」存在
として人格化してしまう
と偶像崇拝に陥るのでしょう。
今回の話の内容として、
重要なのは、現在でも
IS-BE(真の人間)は
1人(キリスト)しか
いないということを
意味して多くのキリスト信者は
理解しており、
教会に行って祈っている。
これは、キリストに対する
最初の大きな誤解だった
ということになります。
これは、エアルが言ってるように
「自分自身に対しての責任を
負うことを完全に
拒否した」

ということである。
この言葉は、自己認識を
深めれば深めるほど
己に責任を持たなければ
生きている意味がないのに
気づくはずであり、
究極的に言えば、
「神任せ」の人生では
ダメである。
ということであって、
かつ、神の存在を否定しない
むしろ、神が己と一体化
しているという認識に
至れば、何事も
謙虚に受け止められるのでしょう。
その意識が
肉体が亡くなっても
存在し続けて
行くというわけですね。
なので、「IS-BE」である人間は、
生き続けて、肉体は死んでも
時空を旅しながら、記憶を継承し
学んでいく旅人のようです。

最近、知ったのですが
コチラの方も
その存在に気づき始まった
のだと思われます。
「タマシイ」の法則性について

今回は、これまでとします。
ここまでお読みいただき
有難うございました。
また、当ブログにお寄りくださいませ。


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