北朝鮮で粛清されて、死刑になったはずの張成沢(チャンソンテク)氏がシリアで活躍する

こんにちは、\ソウジャ です。/

あなたは、2013年12月12日、
北朝鮮 平壌で「粛清」された、
張成沢(チャン・ソンテク)氏を
覚えていますか?

処刑の仕方が
「死んでも祖国に埋まる所がない」という
判決文のもと
巨大機関銃で肉粒化した死体をさらに
火炎放射器で消し炭化したとか
残忍な処刑がなされたという報道が
ネット上でも流されていました。
「犬刑」説もあったようです。

ところが

■満鮮経略とシリアで活躍する張成沢(チャンソンテク)氏

(動画が消されました。 あしからず)

■編集後記
上記の記事は、
「誰も語れなかった驚愕の日本史」さまからの
ネタのようです。
では、引用して置いときます。
<引用開始>_______________

 「倭国」が対外偽装国家とされる所以は、
防御陣地の縦深化の一環として、
ヤマト王権を九州北部の小国「倭国」に
矮小化してみせ、
大陸騎馬勢力を油断させるための
「ウバイド國體思想」に基づく
“弱者経略(負けたふり戦略)”
にありました(列島経略)。

【縦深化:攻撃側の前進を防ぐのではなく、
前進を遅らそうとすることを目的とする。
それにより、時間を稼ぎつつ、
攻撃側の前進による占領地域の
増加と引き換えに敵の犠牲者を
増加させる戦略である。】

「倭国大乱」ともいわれた
北部九州で起きた「磐井の乱」は、
継体21(527)年6月3日、
ヤマト王権の兵6万人が、
新羅に奪われた半島南部の失地を
回復するため、
任那へ向かって出発した
計画を知った新羅が、
筑紫の安曇族・磐井へ
贈賄し、妨害を
要請したことに始まりました。

磐井は挙兵して
肥前、肥後と豊前、豊後を制圧、
倭国と半島を結ぶ海路を封鎖して
ヤマト王権の進軍をはばんで
交戦しましたが、
継体天皇が物部麁鹿火を派遣して
翌年11月11日に磐井軍を鎮圧したが、
もとよりこれはヤマト国内の
安定を図るための“八百長”でした。
【【日本史】古墳11磐井の乱


それどころか、
遥か時代を遡る景初二(二三九)年、
ヤマト王権(邪馬台国)の大王の
「皇女(ヒメミコ)」だった卑弥呼が、
倭の“女王”と称して難升米(なしめ)らを
「魏」に派遣し、
親魏倭王の金印と銅鏡百枚を
与えられたのも、
【ヤマト政権、好太王碑文


また、
倭国大乱後の大宝二(七〇二)年、
「隋」から「唐」に代わった支那に、
文武天皇(第四十二代)が粟田真人を
遣唐使として派遣し正式国号を
「日本」と名乗らせるまで、
支那が、崇神に続いて応神に始まる
歴代天皇を「倭の五王」
【ヤマト政権と宋書倭国伝


認識していたのも、同じく
偽装工作の成果でした。

さらに歴史を遡れば、
「磐余彦(イワレヒコ…のちの神武)」に敗れ、
死んだと称して記紀(古事記・日本書記)から
忽然と消えた「長髄彦(ながすねひこ)」は、
中央アジアに「長髄国」を作ったのち
高句麗国王「東明聖王朱蒙」こと
「長背(ながせ)王(連)」として
安倍氏、蘇我氏、日置氏ら
「ヒノモト(日乃本)」と帰国する
とともに、分流がのちの「清国」「満州国」
皇帝・愛新覚羅氏である
天孫ウバイド系スキタイ族(女真族)となり、
崇神(イニエ)、応神(ホムダワケ)、
継体(ヒコフト)、欽明(ヒロニワ)
の四代を天皇として
列島に奉迎しました。

このうち
「ヒロニワ」こと欽明天皇は、
高句麗国王であった「広開土王」の
可能性が高く、「東明聖王朱蒙」の近親には
「広前」「広足」など、「広」がつく
名称の人物が多いこと、
欽明の「欽」も「金」との所縁を
感じさせることから、
のちに靺鞨、渤海などともいわれた
「高句麗」は日本(ヤマト王権)の
兄弟国だったのではないかと考えられます。

ちなみに、
これら天孫皇子の出身地である、
朝鮮、支那(満洲)、ロシアの国境地帯の
豆満江(トマンガン)のデルタにある
https://www.youtube.com/watch?v=H0kpeSxyrlY
「羅津(らじん)」は、
ウバイド族(スキタイ族、ツングース族)らが、
各地の河口流域で採取した
「砂金(黄金の百合)」の集積地で、
この管理に携わった一族を
「金」氏といい、
この系譜は現在も繋がっています。

この意味で、
現在の北朝鮮は厳密には
南朝鮮(韓国)とは民族が異なり、
また現在の金王朝も、金日成が
奥州の名門・伊達家の末裔であり、
金正日も金策(キムチャク)こと
陸軍中野学校出身の
日本人上級工作員・畑中理の子で、
この金正日と梨本宮家の係累に当たる
横田めぐみさんの子が金正恩です。

横田めぐみさんは現在、
スイスのハプスブルク家で
保護され、活躍しています。

なお、終戦時の満洲からシベリアに連行、
抑留された日本人は公式には
60万人とされていますが、実際は
これ以外に20万人おり、
この20万人は帰国せずに現在も
豆満江デルタ地帯に残留し、
巨大な地下施設を完成させたと聞いています。

この北朝鮮が、
古代から日本の対北方緩衝地帯としての
地政学的意味を持っているとともに、
大戦後も核ミサイルなどを使った
外交ゲリラ戦を通じて
大東亜戦争の延長線を実行し、
さらにシリアなどへの傭兵派遣を実施
(目出し帽のイスラム兵は大多数が
北朝鮮からの傭兵)、
粛清されたとされている
張成沢(チャン・ソンテク)の指揮の下、
対欧米抵抗戦争を実行するなど、
現在も日本の国是「満鮮経略」の一環として
のみならず、世界政治の中心とになっているのです。

<引用終り>_______________
ということですが、話は落合莞爾氏の説の
内容になって、「キモ」となる部分が
ウバイド人がシュメールの起源になっており
ウバイド人が全世界の至るところに
移住していったように書かれてる。
⇒「落合莞爾・吉薗周藏手記シリーズ」
私は、この説には、疑問が残る。
YAP遺伝子をウバイド人が持っていた
ことになっているようになっているが
逆であると思う。
その時代の以前に「ムー大陸文明」
があり、ムー人の他に
そこには古代縄文人の
種族である
カラ族、マヤ族、ウィグル族、ナガ族が
住んでおり、彼らの遺伝子は
まさに男性は「YAP+因子」を持つ
ルーツであると思っています。
したがって、「YAP+因子」を
持つ起源は「縄文人」であると
思います。

話は、戻りますが、
そのようにして、
「ウバイド國體思想」ではなく
「縄文國體思想」でなければ
面白くないです。

それにまた、
「パンゲアのおばちゃん」の
http://soujya.net/2019/10/02/post-9499/
動画の内容で、、、
瀬戸内海に水が入った時、
四国の王は、
四国に見切りをつけて
中東に渡ったと、、
その子孫がウバイド人だって。
ウバイド人が
日本を目指すのは当然。
だって里帰りだもん。

話をもどしまして、
そんな縄文人は、戦いたくない
計略や戦略を持って
國體を守ろうとしています。

今でも、
“弱者経略(負けたふり戦略)”とか
偽装工作して
あたかもそうであるようにして
國體を守っていてほしいものです。

ぜひ、縄文人の血筋を絶やさないように
3つ足のあるカラスさんか
どなたか知りませんが、

縄文国家をお守りくださいまし。

では、また当ブログに来てくださいませ。
ここまでお読みいただき、
有難うございました。

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