【日本という怪しいシステム に関する一見解】_その1

こんにちは、\ソウジャ です。/

今回は、最近、ほんとに思う
それは、今始まったことではないですが、

「異常な日本国家と日本人」
を痛感し続けている。

いつころから、如実になってきたことか?

ネットで、目についた記事がありました。

「これが正論だ」!!」-いいたい放題-
より、引用して置きます。
http://www.ibaraisikai.or.jp/information/iitaihoudai/houdaitop.html
《》内は、関連著書での購入情報と
ソウジャが気に入った
カスタマーレビューを入れておきました。
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第37話: USA第51州の実態
【日本という怪しいシステム
に関する一見解】(初稿1999.10.29)
※ 筆者は日本人でありながら、
どうしても昭和以後の
この国が好きになれない。
一体それはどこから
来るのだろうか?。
小さい島国で飽くことなく
続いた権力闘争の
なれの果ては、
あの残忍な秦の始皇帝も
顔負けの官僚制度を生みだした。
そして現在、
政財官トライアングル
(=権力階級)は
資本主義と社会主義を
極めて巧妙に組み合わせ、
しかも
情報統制
(非公開、隠匿、操作)を
もって国民を
飼い馴らしている。
いまや日本は
権力階級の
「私物国家」に
成り果てており、殆んどの
国民が惰眠を
貪っているあいだに、
徐々に構築された
巨大なピラミッド型
の「一億総『潜在能力』
搾取・没収システム」が
民主主義の萌芽さえ阻んでいる。
まさに
「国民の命を蹂躙し
翻弄する」という表現が
ピッタリの「日本という
怪しいシステム」の
本質を分析してみた。
( 『潜在能力』とは
社会の枠組みの中で、
今その人が持っている
所得や資産
で将来何ができるか
という可能性のことである。
詳しくは
アマルティア・セン著
『不平等の再検討』を参照)

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何をもって平等とするのでしょうか。
例えば所得の
平等が平等といえるのでしょうか。
収入が300万円で同じであっても、
一方が健康を害して生活を制限
しなければならない人と、
そうでない人では平等とは
いえないでしょう。
では、ジョン・ロールズ正義論の
「基本財:プライマリー・グッズ」は
どうでしょう。
これ以外にも指標の候補がいくつも
挙げられています(p.132)。
ノージックの権利、
ドゥオーキンの資源などです。
平等の測定をテーマにした場合、
経済指標は役に立たないし、
主観的な満足指標も
役に立たないでしょう。
また、
指標単体で貧しさを評価する
こともできません。
例えば、「インドの農村に
暮らす人であれば、
比較的ささやかな衣服でも
恥をかかずに人前に出る
ことができ、・・・しかし、
多様で多くの財を用いることが
当たり前になっているような
国では、一般的機能を
満たすのに必要な
財の要求水準は高い。p.202」
とあるように、
国や環境によっても
指標の水準や意味は
異なってきます。
第八章は、階級やジェンダーや、
どのグループに属するかによっても
指標の意味と水準が違ってくる
ことを述べています。
本書のテーマのひとつは、
副題にもあるように
潜在能力論です。
訳者まえがきとして
潜在能力論の
説明がなされています。
センは
以上の問題含みの指標に代えて
潜在能力を提唱します。
ところがセンは、
具体的に
潜在能力を例示してくれません。
その理由は、
どの状況にも当てはまる
「魔法の公式」など
あろうはずもない、
というものです。
潜在能力を
構成する機能については、
幅広く関心を引き付け、
議論を尽くすことが
重要とします
(『貧困と飢饉』訳者解説 p.331)。
確かにその通りですが、
凡人には潜在能力を
想像できません。
本書の訳者まえがきでも、
「例えば、
適切な栄養をとっている、
健康である、
教育を受けている、
などである。(ⅳ)」と
例示されています。
ならば、
もっと広範な例示が
マーサ・ヌスバウムによって
なされていますので
再録しておきます
(『経済学と倫理学』
ちくま学芸文庫
カスタマーレビューより)。
人間の中心的な機能的
ケイパビリティ
(『女性と人間開発』
岩波書店 p.92-95)
①生命; 早死にしないこと。
②身体的健康; 健康で、
適切な住居に住めること。
③身体的保全; 自由に移動でき、
主権を守れる境界を持つこと。
暴力を受ける恐れがないこと。
性の機会と
性の選択の機会を持つこと。
④感覚・想像力・思考;
読み書きや数学的訓練などが
真に人間的な方法で
教育されること。
自由の保障のもとに、
宗教、文化、芸術、政治などの
分野で、これらの機能を
自分のやり方で追及できること。
⑤感情;
まわりの人や物を愛せること、
嘆けること、
正当な怒りを経験できること。
極度の恐怖や不安によって、
感情の発達が妨げられないこと。
⑥実践理性;
良き生活の構想を
批判的に熟慮できること。
⑦連帯;
A 他の人々と共に、
そして彼らのために
生きることができること。
B 自尊心を持ち
屈辱を受けることのない
社会的基盤を持つこと。
⑧自然との共生;
動物、植物、自然界に
関心を持ち、それらと
関わって生きること。
⑨遊び; 笑い、遊び、
レクリエーション活動を
楽しめること。
⑩環境のコントロール
A政治的;
政治的参加の権利を
持つこと。
言論と結社の自由が
護られること。
B物質的;
資産を持つこと。
雇用を求める権利を
持つこと。
不当な捜索や押収から
自由であること。
本書の最終章最終節は
次の言葉で始まります。
「潜在能力アプローチは
福祉の評価と自由の評価の
両方に寄与する。p.264」
と、潜在能力の目的は
福祉の向上と
自由の向上という
ことになります。
福祉は得たものですが、
自由は可能性の広がりです。
目的と呼べるのは
自由の方です。
ドイツの哲学者ヘーゲルは、
自由は自分自身を
目的として遂行するものであり、
精神の唯一の目的とします。
人類は自由の拡張を
目的に進化して
きたのかもしれません。
さらに、
「自由が個人の福祉の
要件に入るかどうかに
かかわらず、
個々人の自由は
われわれにとって
追求しがいのある
社会の良さを
構成する要素として
みることができる。
p.265」と、
個人と社会が自由を
媒介にして一体である
という思想を述べています。
ヘーゲルは初めから
個人と社会を
一体のものとして
議論していますから、
センの発想は
ヘーゲルそのものです。》

※ 日本の
「戦争被害受忍論」
(最高裁判所 昭和62年6月26日
第二小法廷判決)
戦争犠牲ないし
戦争損害は、
国の存亡にかかわる
非常事態のもとでは、
国民のひとしく
受忍しなければ
ならなかったところ
(戦争受忍義務)
であって、これに
対する補償は
憲法の全く予想
しないところという
べきである。
(奥田博子氏著
『原爆の記憶』、
慶應義塾大学出版会、p.73)

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私には韓国系アメリカ人の
友人がいるが、
彼女と原爆について語るのは
なかなかシビアである。

彼女はとても理知的な人だから、
アメリカが原爆を投下したことについて、
決して是認したり、
擁護したりするわけではない。
こちらも
彼女の手前、
直接的にアメリカを非難したりは
しなくて、
その怖ろしさを語ったり、
どうやって原爆の怖ろしさを
世界に伝えてゆくべきかを
一緒に考えたりするのだが、
なんだか
うまく気持ちを共有できない。何というか、
彼女ははっきりとは言わないが、
やはりこの本でも
触れられているように、
原爆投下によって戦争が早期に終結した、
それによって多くの命が
救われたという考えが
彼女にも
あるような気が
会話の行間に感じられるのだ。
そして彼女は
韓国のハーフでもあるから、
やっぱり戦中の日本の
侵略行為についても、
ほんとにときおり、
批判することもある。

毎年8月6日、9日には
広島・長崎両市長が平和宣言を
読み上げ、
核廃絶を唱える。
もちろん、この日に
あらためて平和を誓い、
核廃絶を唱えること自体は
大切なことである。
しかし、なぜか、
言葉が自分には響かない。
世界に向けて届く言葉なのか、
確信を持てないでいた。

あるいは、
私はNYで核廃絶を
訴える日本人のデモをたまたま
旅行中に見かけたことがあるが、
オバマ登場前のことだったし、
アメリカ人の反応は
奇異な人々を見るような、とても
冷ややかなものに感じられた。

そしていま、
被爆者の高齢化は進み、
証言者の数は
少なくなるばかりである。
そう遠くない将来に、
みなさんが
他界された後、
その記憶は、
もちろん証言録のような
かたちで
残ってはいくだろうが、
その個々の記憶は、
いま現在の
私たちの地点から、
意味づけられ、
文脈を与えられ、
言説化される。
つまり、歴史化される。
https://youtu.be/Nv2GgV34qIg?list=RDC6tIzxmPCQE&t=285
私たちは、
原爆の記憶を
どのように歴史化すべきか。
原爆の惨さを、
戦争の悲惨さを、
いかに私たちの次の世代に
伝えるべきか。

「核なき世界」を
本気で目指すなら、
世界の人々に伝わるように、
アメリカやアジアの人々に
伝わるように、
せめて対話の回路を
閉ざすことのないような、
開かれた言葉が必要である。

本書はおそらく、
アメリカで私と同じような
経験を持ったのだろう
著者が、次世代に、あるいは世界に、
核兵器の恐ろしさを伝える言葉を
いかに紡いでいくべきか
という問題に
真摯に取り組んだ力作である。》

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■編集後記
私も知ったかぶりして「日本」を
とらえていたかもしれない。
日本人が住むところが日本であれば、
こんな悲惨な日本
自殺者が年間2万人を超えるくらいの
日本国家に住む日本人として
これ以上、被害に遭うくらならば
南米でも、殺される前に
日本人が住んでる土地に
思い切って、移民することも
ありかもしれない。
まあ、しかし、国籍は日本ではなくなるが。
とは言え、
母国を捨てて、スタコラ逃げるわけには
行かないのである。
まず、旅費や受け入れ先も無い。
そんな富裕層でも無い限り
高跳びは、無理。
仮に、財力が有っても、
「後ろ髪を引かれる思い」を
するならば、
一生後悔すると思った。
ばかな、発想だ。
なぜ、日本国民として
義務を果たさなくてはならない!

そう、間違った為政者に「NO」を
突きつけるくらいは
最低、死ぬまで
やるべきだ。。。

では、仮に、その悪政府を
打倒して、何をその先に見つめるのか?

今、その「明かり」とか「希望」すら
イメージが湧かないくらい
「暗く、どんよりな世界だ」

希望と光が
イマジネーションできないのはなぜだろう?

潜在意識が殺られてる!
からでしょう。

そう、上記の書籍で言えば
潜在能力アプローチが
取れないでいるんですよ。
多くの方々が・・・
21世紀の現在になり、
分かってきたことが有る。
>自由は自分自身を
>目的として遂行するものであり、
>精神の唯一の目的とします。
>人類は自由の拡張を
>目的に進化して
>きたのかもしれません。
わたしは、「自由の拡張」
というイメージは言葉酔いさせる
ための言い回しであると思います。

自由というのは、自分の今この一瞬に
何者からも拘束されてない
と想えることです。
それは、自分以外の存在から
与えられるものではなく
自分の中に抱かれる思いでしょう。

だから、民主主義や共産主義が
唱えてる自由は、
ほんとうの自由じゃないって
本質で捉えてみれば、わかります。

”潜在能力”と言ってるけど、
潜在意識に誤った思いや
そう想う習慣が
書き込まれてるだけじゃ
ないかと・・・
ヘーゲルさんにはわるいけど・・・

わたしは想います

書き込まれた想いに自分を
同調させるなと、
また、
誤った想い=誤想念
これを受け入れるなと、

それは、電波で云うと
受信器に与えている「妨害電波」
ということです。

本来個々人が持っている
人間を受像機にたとえると
受けるべき
想念周波数をクリアにうけとることで
自分の中で、それを
イメージ化でき、
調和とあらゆるものとの交流が
なされると考えます。

そう、ハッキリいいます。
天国や地獄は無い!
勝手に誤想念のイマジネーション
イリュージョンが作られたのです。

すべて、そのようにして
シバリをかけてくる
悪魔と言われてる存在です。

悪魔
=邪念、民衆が抱いている誤想念の渦
=集合無意識です。

支配者側は、この集合無意識の集団心理を
上手に使うんです。

支配者側は、1枚も2枚も上手。
なにせ、超古代から
血筋を守って、支配のための
英才教育訓練を秘密裏に
積んだ者しか、トップ層へ
登用されないのでしょう。

大きく3つの分野で学んでいます。
ひとつは「地政学」
2つ目は、大衆心理を操作するための「心理生理学」
3つ目は、なんと「オカルト宗教政治学」
(参考:https://youtu.be/YfMWFBcQHC0?t=1257
それこそ
知力、胆力。魔力。

まるで、「ハリー・ポッター」
の世界なのです。

私のいつもの妄想ですが、、、

支配者は一枚岩を隠し、
世間には、
複数枚あると思い込ませます。。
そう、秘密結社が有るよ!
そして、
イルミナティ・フリーメーソン
とかが有るよ、
13血流が有るよ
300人員会があるよ、

確かにあるのでしょう。

でも、それらは、
煙幕の働きでしょう。

つい最近まで、覇者を誇っていた

「世界銀行新自由主義ハザール・ネオコン」
勢力が、最近に来て
劣勢となって、世界の地政学秩序が
変化しつつあるようです。
かれらは、聖書通り、どうしても
アメリカとイランの
ハルマゲドンを起こしたがっていたようですが
悪魔教ということなので、
「キチガイ」を演じさせて、
そもそも「狂った」人たちなので、
という汚れ役をやって、

地球破壊を目差すやつらに

この地球上には住んでほしくはありません。
と大衆に思わせ、

かれらが全宇宙の法則に逆らっている
そんな、悪ふざけの
時間は無い!
と思わせて、

さてさて、トランプさんの登場です。

彼を広告塔とする勢力が
今度は、次の時代の流れを
作っていくのです。

ともあれ、
一般庶民のアサハカナ
イマジネーションでは、
思いも寄らない。

世界的な
「地政」、
「群集心理」、
「オカルト宗教による支配」
的な状況になっている
のではないでしょうか?


ところで、原子力爆弾って、
地球のどこでも起爆できるんですか?
そして、
平和利用とされる原発は
どうして、海辺の塩辛いところに
設置してるのですか?

では、また。
Imagine – John Lennon


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