内側から見た「れいわ新選組」を読んで・・・同調・同情と共感の違いについて

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こんにちは、\ソウジャ です。/

最近、れいわ新選組で立候補なされていた
安冨歩(東京大学 東洋文化研究所 教授)さんの
タイトル通り、内側のひとになってみた
あゆみさんの感想を
以下、引用します。
https://anmintei.net/a/688

<音声で引用開始>_______________
(英語で音声)

(日本語)

<音声引用終り>_______________
■編集後記
無縁者ですか、そんな見方もあったんですね。。

無縁と聞くと、関係ない人ですから

関係者の間では、「余計なことを云うな」と
どやされそうですが、

それは、無関係者であって、

無縁とは違うんでしょうね。

無縁の立ち位置が、、、
「縁」が切れてる状態、、、、

関係者と関係者以外という
ステレオ的な対立軸
とは違うような視点です。

早く云えば現状の相対する軸に
巻き込まれていない存在の
ことを云うのでしょうね。

対立争点軸に同調してないってことですよね。

同調は同情にも通じて
私は、実はこれが日本病の空気を
生み出してる源であるように思います。

歴史の話になりますが、
これまでの、特に日本人の精神に大きく
影響を与えたもの、
それは、日本人の宗教観です。
この日本人の宗教観の根っこにあるものは
「唯一の神である、一神教」
では無く、
あらゆる自然のなかに神様が宿ってる
感覚で、人間も含めた花鳥風月のあらゆるものに
対する同調感を持って生きてきた。
これは自然を愛でる気持ちとか
自然を大切にするとかに
通じますから、たいへん
素晴らしいことだと思います。

これを多神教とかアニミズムと
云ってる説が多いですが、
この場合、一神教である価値観が
主観的である世界から見た
遅れている宗教、あるいは
次元の低い宗教のように
扱われて、レッテル貼りして
無視しようとさえしてるようです。
そのように扱われている実状ですが
太古から、日本人は、
あらゆるものに同調し
自然の驚異に感動し
教えられ、自然とともに
生きてきたのですから、
人々との対人関係性の中でも
同調感覚が鋭く、
継承されてきたと考えます。
これを
他心通というかもしれません。
それは「共感」といい
双方向の意志の交流です。

それが、いつのまにか
同調とは、一つだけの
空気になりました。

そうなったのは、
歴史で言えば、
明治維新で、
あらゆるものへの同調は許されず
その道は封印・抹消され、
その代わり
あらゆる伏線が敷かれ
すっかり
国家神道へ向かって一本に
強制されてしまいました。

しかも、その統制の方法は
「共感」ではなく、
国家へ抱く感情を一つにする
「同情」によって
心による統一までも行い
個人の尊厳を無価値なものとして
無視しました。

そして、この「同情感」を強めて、
富国強兵を行って、
日本帝国を造り上げて
1945、敗戦となって以来、現在でも
その考えは、続いているように感じます。

感情的に訴えて、、
なぜ改憲したいのか?
国民に、ちゃんと説明が為されていませんですね。

以下の自民党が改憲しようとしている草案の一つひとつについて、街頭討論会でもいいから、やれてないですよね!

ただ、
賛同してほしいとか、
同情してほしい、とか
私たちに同調しなさい!
的にしか、聴こえないんですよね。

わかりますよね。

妙に答えは最初から解ってるでしょ!
的な、上からの押しつけで
「感情的に訴えてる」

ちゃんと何故、そうなのか
理論・理屈を冷静に、上記の6草案件について
説明できていない。

大声を張り上げて、同情を得ようとしている。

あの方たちに
他心通が全く無いというか、
庶民の気持ちが、心が、解ってないどころか

「無視」して、庶民の命を国家に捧げなさい!
と云い切っている。

あの方たちの「モラル」が高いというのは
国家にどれだけあなたの命を捧げられますか?
と云ってるに等しいのです。
すり替えもいいとこ!

この上からの同調圧空気の
空間の中では、
何かに打ちひしがれた人が
いると、寄り添って声を掛けるフリをしますが、
この時に
どう、相対するか?
彼らは
「北朝鮮が攻めてきたら、あなたどうする?」
「ミサイルが落ちてきたらどうなる?」

「いま、国防がいちばんなのよ!」

「国のために血を流す覚悟が必要なんです!」
みたいなことを必ず、優先して語っています。

この
高圧的に同調です。
国民を上から目線で、
見下すようになってしまうことです。

あの方たちの組織は、
日本国民を「見下しています」
国家の下に敷く。

つまり、多くの国民は、
何かを行うために
「人身御供」を捧げるのが
当たり前だ。
と思ってる、集団組織なわけですよ。

そして、彼らは、
国民同志が「同情」しあって
現状の政治不満を
そのままに、同じ辛い感情を味合わせ
辛い現状を肯定してしまい、
「しかたがない」とさせているのです。

結局、
同情は何の解決も産まないです。
ヘタな同情は止めたほうが良いんです。

問題の彼らは、何をしたいのか?

戦争です、というか戦争ビジネスで
「たんまり、儲けたいのです」

もちろん、国家のために
死んで下さい=何人死のうと、
アンタら虫けらでしょ!
とイッテルのと同じなんです。

つい昔、戦時中に流行った
このことばがあります。
「贅沢は、敵だ!」
「諦らめません、勝つまでは」
「非国民」

現在、これを真顔で云われたら
引きますよね。

こんなことばが、当たり前のように
通っていた時代が
国民全員を同調・同情感で
覆っていたんですよね。

なので、具体的に云えば

現政権へ同調せよ!
その仲間同志は特定のルールの下に
互いに同情し合って、生活せよ!

という状況になっており「忖度」が
一番の自発的同調であり
度合いが高いとされているのでしょう。

学校では、今までも、現在でも
この「同調」と「同情」を
強制洗脳している装置でありましょう。

同調はモノゴトの
本質を知らずに、単に
上からの圧力で、特定方向に
行動するように仕向けられる
振動ですが、

同情は、心の領域であり、
ここで、しっかりと自分というものを
持たないと、
「お前は、冷たいやつだ」という
レッテル貼りにさらされるので
これを多くの人間は弱く、
避けようとして
「心にもない、同情」を
行っているのです。

気をつけないと、
心にダメージを喰らいますから
「同調」と「同情」は
気をつけないといけません。

ちなみに
今の所
「れいわ新選組」には、
「同情」ではなく、

彼らは、互いに「共感」しているのでしよう。
もちろん、
国民に対しても「同情」で無く
「共感」して、政策を提示していると
思います。

(今回ちょっと、分かりにくかったかな?)

では、また。

※参考にしました・・・同情と共感
https://diveintomyself.funfairfanfare.com/%E5%90%8C%E6%83%85%E3%81%A8%E5%85%B1%E6%84%9F/


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