肉体人間の関心対象は、目と耳と鼻と舌と肌に触れ、欲に溺れて、ハイ終了。

Pocket
LINEで送る

こんにちは、\ソウジャ です。/

タイトルにありますように
99%ぐらいのひとたちは
そのように生きてる世界を
捉えてそこにある価値観を
見出しているのではないか
と、思われるのです。

つまり目に見えてる「モノ」
である物質の世界にだけ生きている
かように思って生きています。

その教えが、根強くあって、
何の抵抗も疑問も無く
多くの方々が大人として
生きています。

私は、小さい頃から、大人たちの
生き方に疑問を感じていました。

計算高く、「我田引水」するヤツ

言葉巧みにペテンまがいに
他人を乗せて、己の利得を
画策する輩

上司にペコペコ諂い
今度は自分の部下を
横柄に扱うヤツ

世話を受けた恩があるのに
自分の出世のために
恩人に砂をかけるヤツ

それは、結果だけを
称賛する価値観だなと・・・
いうなれば、
「物質志向主義」です。

戦後の昭和30年代のころ
地方は舗装道路もまだ完備されてなく
貧しさが未だあった時代に

「世の中、ゼニだよ
銭・銭・・・」
という言葉がささやかれ

サラリーマンの所得を
増やそうという
「所得倍増」
というキャッチが
思い出されます。

しかし、良い結果を
生じさせるためには
・・・をする
という、大人は、意外と
身の回りには
いませんでした。

「ただ、一生懸命になって
ゼニを得るために稼ぐ
そして、ゼニをためて
暮らしぶりを良くしたい」

という、熱に浮かされたように
なって、今でも
その熱は、冷めていないようです。

冷めてみているのは
返って、子どもたち
だったりします。

さて、そのような「物質志向至上」という
「物質」そのものは
絶対なものなのでしょうか?

その最たるものが
「肉体人間」でありましよう。
肉体はいつかは、消えてなくなります。
肉体は物質の塊です。

肉体から出てくる欲は
限りがなく、
それを身に着けて、生きています。
「肉体人間として」
人間の心として、想念を放ちます。

そうすると、肉体から出た欲は
・食べたい
・嗅ぎたい
・飲みたい
・手に入れたい
・触りたい
・拝みたい
・何かをやりたい
・身につけたい
という、目に見える「物質世界」でしか
生きていないということが
わかると思います。

「人間存在の意味」が
わからないと、
肉体人間のままで、
人生が終わってしまいます。

このことに
気が付かないと
知らないで、終わってしまいます。

宗教の話ではありません。

水という物質を例に考えてみてください。

分子は水素原子と酸素原子の結合ですが
同じ結合でも
状況に応じて
三態になってるのを
ご存知ですよね。

水分子の中の振動数です。

いちばん低い状態・・・氷
中くらいの状態・・・・水
高い状態・・・・・・・氣(蒸気)

そのように、人間自体も
考えれば、、、

ここで、注目に値するのは、
水が蒸気となった瞬間から
「目に見えない存在」
となっていることです。

見えてるものが:影
見えないものが:光

光と影の世界がこの宇宙。

知花敏彦講演集から、どうぞ
■ 霊は光の自分 肉体は陰の自分

では、また。


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。