【もう一つの明治維新】「赤松小三郎」の紹介

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こんにちは、\Soujya です。/

現政権は「悪政」とよくネット上で叫ばれています。

その源流を探っていけば・・・

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/394996

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/399646

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/404160

「長州レジーム」という
キーワードにぶつかりました。

とくに
山口県の田布施地区からの出身者が
政治に関連する人たち

が多いようです。。。

最近、ここ十数年、
やたらと幕末と明治維新を
背景にした

時代劇ドラマが放映されていますけど、

明治維新というそのものが
以前から

しっくり、来なかったのです。

例えば
映画
「ラストサムライ」をご覧になった方も
いると思いますが、

天皇の紋(菊花紋)の
旗印を掲げ、自動機関銃で武士たちを
皆殺しにしている「象徴」が
あの映画には刻み込まれていました。

狡猾で冷酷非情性を感じました。

それが、江戸幕府を倒し
明治維新を成し遂げた、
日本人では無い「異臭性」です。

今回紹介するのは、
コチラ

カスタマレビューより
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
薩摩が土佐を裏切って
長州「倒幕」側につく直前に、
西郷隆盛の手のもの、
のちの陸軍少将桐野利秋こと

人斬り半次郎によって
京都で暗殺され、

歴史から葬られた
信州上田松平伊賀守家中の下士、

赤松小三郎。

著者が生まれ育った
あの真田の上田に対する愛情が
滔々と赤松小三郎に
注がれていることが

本書を際立った存在にしています。

民衆に対する男女を問わない
同じ高さからの
あたたかい
赤松小三郎の目線が、
近代の政治理念として
民にとっての最大のものである

平等原理と国民主権原理とを
見事に憲法構想化し、
それが島津久光、
松平春嶽、そして徳川公儀に
建白されていたことが
本書のメインテーマです。

その構想体系には
現日本国憲法より
さらに進んだ
ものさえ含まれていることが
明らかにされています。

そして近江聖人中江藤樹の

「すべての民は
ことごとく天地の子であり
人間はみな兄弟である」

という旨の、

フランス人権宣言より
150年も先行する言葉に示される、
日本古来の伝統的な価値観に
赤松小三郎の
先進的な思想の源流がある

と著者は指摘しています。

中江藤樹と赤松小三郎の存在、

これをこそ「日本すごい」と
言うべきでは
ないかと思います。

そして、この二人の光を
隠した日蝕が

明治維新であるということになります。

いまなお日本を黒々と覆う日蝕・・・。

理系の研究者によって書かれた
冷静で含意の深い地味な
タイトルの本書は、

明治維新を長州過激派武士層による
テロリズムに
いろどられたクーデターによる
専制的覇権の掌握であるとする点で

原田伊織氏による
維新本と軌を一にしながら、

『明治維新という過ち』とは
不思議に異質のものに思えます。

「森林と自然環境」という著者の
専門において否応なく
向きあうことになる
日本の政治経済と、
それを生み出した
近現代の歴史に対する
知的な探究心と
鋭い歴史的洞察が本書を生み出した

ことに
よるものではないかと思います。
誰も知らないといってよい

赤松小三郎をよみがえらせる、

みずみずしい
生命力に充ちた奇跡的な
一書なのではないでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらは、著者の拓殖大学・関良基准教授に
インタビューしている動画です。。。
【イントロ】「長州レジーム」から日本を取り戻す!
歴史から消された思想家・赤松小三郎の
「近代立憲主義構想」を
葬った明治維新の闇~岩上安身による
拓殖大学・関良基准教授
インタビュー(前編)17.6.6

日本で最初の立憲民主主義思想は
現行憲法よりリベラルだった!?
幕末の思想家・赤松小三郎の暗殺に見る
「明治礼賛」の虚妄! ~岩上安身による
拓殖大学関良基准教授インタビュー(その2)17.7.11

では、また。

■編集後記
ぜひ、読者さまは、コチラを
お読みいただき。明治維新に対する
見方を今一度、点検してみてください。

⇒明治維新から150年続く、
民主国家構想を潰した「長州レジーム」とは?
https://hbol.jp/174985
<引用開始>____________

明治維新から150年続く、民主国家構想を潰した「長州レジーム」とは?

林克明

明治維新は、議会制民主主義に基づく平和国家をつくる構想を潰した!?

松下村塾

萩城下の松下村塾。明治維新の立役者を多数輩出した

近代日本の原点は明治維新だった。維新の志士たちが封建的で遅れた江戸幕府を倒し、新しい日本が生まれた。もしあのとき武力で徳川体制を倒していなければ、日本は列強の植民地になっていたかもしれない――。 「明治維新万歳!」  かなり多くの人がそう思っていることだろう。筆者自身がつい最近まで、「明治維新は正義」という薩長史観に少なからぬ影響を受けていた。しかし180度逆に歴史を見ると、目の前の風景がガラリと変わってくる。  実は、江戸時代末期の慶応年間には、主要な改革者たちの間では、議会制民主主義に基づいて平和的に新しい日本をつくる構想が主流となっていた。薩摩や長州が武力とテロでその構想をつぶし、祭政一致・天皇を現人神にする専制国家をつくったのが明治維新だ。  NHKの大河ドラマに感動したり、司馬遼太郎の歴史小説を読んで血沸き肉踊ったり、ときには目をウルウルさせる人たちにとって、ものすごく不快な視点、いや、事実かもしれない。  信じているものが否定されれば、いま立っている地面に亀裂が走り、船底に穴が開いて今にも船ごと沈んでしまうような焦りと喪失感に襲われてしまうからだ。しかし、うれしくない事実にも目を向けてみよう。  そうしないと、今現在抱える問題の根っこが見えないからだ。

次のページ

江戸末期には民主的な国家構想が生まれていた!?

<引用終り>____________

では、また。


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