風に吹かれて:ボブディランの歌に隠された「IS-BE」哀歌

こんにちは、\ソウジャ です。/

最近、私の心の中で、
騒いでいる意識がいます。

その意識で、ボブディランの
「風に吹かれて」を聴くと
私たちの「意識」の旅が
時空を超えて、
果てしなく続くけど、、
いつになったら、、、
終着へとたどり着くのか・・・

という、一種の哀歌に
なっているような気がします。

■編集後記
これを視聴していて、
思うことは・・・
人間の欲には果てしがないし、
何回も生を受けながら
そのたびに、過去の記憶が
殆ど消されて、
まったく、同じような
繰り返しをしている。
そして、
支配者と奴隷はセットだった!
ということに、
気づく必要があります。

と思うのは
私の意識感覚が、
召還されたように変わって
きたように
感じるからです。。。
そのキッカケがコレ
http://soujya.net/2019/03/23/post-7804/

以前奴隷であった意識は
現在、金融システムでの支配者層
に君臨しているかも
しれません。

そのような、対立構造に
はめ込まれていることに
まったく気づくこと無く。
支配役と奴隷役の行ったり来たり
の三次元地球世界を
ただただ、永久的に回り
生きてるだけの
監獄暮らしが続いているのです。

多くの私たち意識は、
この監獄地球に
転生しましたが、
この監獄に入ったら最後、
現状では、出られません。

出るためには、
自分の頭で考え、
自分で調査し、
自分で発見し、
自分の意思と信念を
強く鍛錬することで、
観えてくるものがあると
信じます。

その意識を感じることは

この
人間を “is_be”と呼ぶのに
どれくらい時間がかかりますか?
という疑問を
How long does it take to call a human “is_be”? 
抱いてる、肉体人間が発する
想念が、この
「風に吹かれて ボブディラン」
によって歌われて
いるのでしょう。

多くの地球人は、互いに冷徹で
互いに殺し合い、憎み合い、
砲弾の弾が無くなっても
なおも、弾を作り続け
殺し合いを続けている歴史。

なぜか?

その答は、風の中=「空」に
あった。

地球自体は不安定な星だから
造山運動、地殻変動、火山噴火、
などで、ちっぽけな人間の
時間軸などを超えて
陸も山も海も変化している。

そして、多くの人間は
それにさらされては、肉体が死に
また生まれ、多くの生と死を
繰り返しては、歳月が流れ
この繰り返しから、
いつ、人々は自由になれるのか?

多くの生と死を繰り返し、
何度も過去を振り向こうと
人間がやった戦争や虐殺、
暴行、富の奪い合いの記録は
忘れ去られ、
そこには、真実がわざと
隠され、混乱する情報で
画策されているので
何回も過去を人間が反省して
試みようとしても、
真実に目を向けることができない

肉体人間の想念は
過去を振り返って学ぼうとしても
真実はわからない。
青く澄んだ空を見ても
心は晴れないし、
どれだけの耳を付けても
(多くの情報を入手しても)
真の絶望の叫びは聞こえない。

そして、時は流れて、
いつしか、また人間は
マスター&スレーブの関係を
取りながら、
殺し合いを続けている状況だ。

あまりにも多くの
犠牲者で溢れている、この星。

殺す者が、殺される、繰り返し。
殺された憎しみで、今度は
また殺す繰り返し。

なぜ、そのようになってるの?

その答は、風の中=「空」に
あった。

という究極の歌だったのかも
しれません。

風の中=「空」というのは
その「空」を
理解していた人の
言葉を聴くしかありません。

その一人が「老子」でしょう。

老子のことばの
一つに
無用乃用
というのがあります。
つまり、「中空」の役割です。

三十輻共一轂。
当其無、有車之用。
挺埴以為器。
当其無、有器之用。
鑿戸牖以為室。
当其無、有室之用。
故有之以為利、無之以為用。

「大八車の車輪の30本の棒が車軸に集中している、
車軸の真ん中には穴(=無)があり、
穴は中空です、
しかし、その中空が役に立ちます。
粘土をこねて器を作る、
器の中は中空ですが、
その中空が物をいれる為に役に立つ。
戸や窓をくりぬいてその奥に居室をつくる。
その何もない空間が部屋としの用途がある。
従って、結論を言えば、
全ての形有る物が役に立つのは、
形無きものがそれを支える役目を
果たしているからである。」

まるで、生きてる人間を支えるのは
人間の中にある形のない中空が
存在してるから・・・
それが、「IS-BE」の意識。
と思えるのです。

また、
老子の第30章では、
戦争の愚かさを
説いてます。

以道佐人主者、不以兵強天下。
其事好還。
師之所處、荊棘生焉、大軍之後、必有凶年。
善者果而已。
不以取強。
果而勿矜、果而勿伐、果而勿驕、果而不得已。
是謂果而勿強。
物壯則老。
是謂不道、不道早已。

「TAO(道)に基づいて
補佐する者がいる君主は、、
武力によって天下の人々を
おびやかしたりはしない。
人々に無理強いを行えば、
いつか必ず、自己に
その報いがあるものだ。
軍隊が通った後の農地は
荒れ果てるので、
大軍が通った土地は
必ず凶作になる。
よくTAO(道)を弁えた人は
たとえ戦争になっても
目的を果たしたらそこで止める、
勝ちをいいことに、図に乗って
さらに戦争をする事はしない。
勝利しても尊大にならず、
勝利しても誇らず、
勝利しても驕らずに、
やむを得ず戦っただけと言う。
これは、
「目的を果たしたら、
それ以上の無理強いをしない」
と云うことである。
物事は勢いがあれば
それだけ衰退も早くなるのだ。
これを
「TAO(道)を弁えない行為」
と言うが、
TAO(道)を弁えていないと
早々に滅びが訪れる。」
なるほど、、、
老子は、真実を言ってると思う。

では、また。

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