■大西つねきの週刊動画コラムvol.57:2018.12.24「イエローベスト運動について」

こんにちは、\ソウジャ です。/

さっき、動画届きましたのでUPしておきます。

今回は、「イエローベスト運動について」です。
皆さんもお気づきかと思いますが、
これは歴史が変わり始めた証拠です。
もはや、今までの金融経済の仕組みは
終わりにしなければいけないという
人々の声です。
これは必ず世界中に波及します。
■2018.12.24「イエローベスト運動について」
大西つねきの週刊動画コラムvol.57

■編集後記
もう、このパラダイムは止まりません。

ところで、過去に世紀の
フランス革命を
起こした彼らって、どんな気質なのか?

安藤邦男先生のHPから
http://www.wa.commufa.jp/~anknak/
http://www.wa.commufa.jp/~anknak/itadori103-hashiru-furansujin.html
「海外旅行随想記
走るフランス人」と題した記事が
ありましたので、置いときます。

<引用開始>____________
かつて朝日新聞論説主幹であった故・笠信太郎氏は、『ものの見方について』のなかの冒頭で、スペインの外交官マドリヤーガの言葉を紹介し、次のように書いた。

「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走り出す。そしてスペイン人は、走ってしまった後で考える。」

国民性をこのように分類、定義したその明快さが受けて、昭和二十五年に出版されたその書は、百万部を超えるベストセラーになった。

さて、わたしがここで取り上げたいと思うのは、そのなかの「フランス人は考えた後で走り出す」という言葉である。その意味を如実に示す実例を、わたしはフランス旅行中に体験した。

昭和五十一年の夏、われわれ研修旅行団はイギリスからフランスへ渡り、パリ郊外に宿泊していた。

その日は、ホテルでの夕食後、午後十一時半発の夜行列車でパリからドイツへ向かうことになっていた。ホテルからパリの南駅まではバスで送ってくれるというので、十時半頃、一行はホテルの前でバスに乗り込み、出発を待っていた。そのとき、予想もしない事件が起こったのである。

バスはちょうどわれわれ一行の荷物を積んでいたのだが、ホテルの前は駐車禁止の場所であったらしい。たまたま通りかかったフランス人警官が「車を移動させろ」と警告したのに対して、フランス人ドライバー氏は「すぐ済むから、そんなにやかましいことは言うな」の態度で警告を無視し、そのまま荷物を積みつづけていたようである。無視された警官はだんだん腹を立て、強い態度に出ると、ドライバーも負けてはいない。そのうちに口論になった。大声の怒鳴り合いが、バスの中のわれわれの耳にも届いた。挙げ句のはては、警官が運転手を拘束、連行していってしまった。

反抗する運転手も運転手だが、運転手なしではツアーの出来ないことを知っての検挙とは、警官も警官である。午後十一時半過ぎてもドライバーは戻らない。ついに、ドイツ行きの最終列車には乗り遅れてしまった。

われわれは領事館へ訴えようかと息まいていると、十二時近くになってやっと戻ってきたドライバー氏、われわれに謝罪し、

「悪かったから、目的地のハイデルベルク駅まで全員送り届ける」

という。

結局、バスは夜通し走り、明け方ハイデルベルグに着いた。たぶん、それはドライバー氏の自己負担においてなされたことであろうが、そんなことまでして警官と喧嘩することの得失はだれの目にも明らかだが、感情が激すると見境がつかないのが、フランス人の気性の激しさのようである。

だが、少し思い直せば、このような性格は、〈考えた後で走り出す〉というより、〈走ってしまった後で考える〉というスペイン人に、いっそう当てはまるような気がする。いずれにしても、堅実な北方民族のイギリス人を〈歩く〉という言葉で、そして陽気な地中海文化圏のラテン系民族を〈走る〉という表現で、それぞれ分類定義したマドリヤーガの慧眼には、感服のほかはない。

同じ思いは、それから十七年後の平成五年、妻と二人でヨーロッパ巡りのツアーに参加したときにも味わった。

ドイツからスイスを経てフランスまで、バスで移動したときである。フランスに入ると、一行の乗ったバスのスピードがとたんに早くなった。道路を走る他の自動車のスピードの流れに乗るからである。

パリでは、ホテルに面した狭い道路でも車のスピードは早く、運転は乱暴であった。信号のない道路の横断は、あぶなくてしようがなかった。それに、街ではパトカーのサイレンがしょっちゅう聞こえていた。目の前を、耳をつんざくサイレンを鳴らしながら疾走する白バイにも、何度もお目にかかった。事故か、さもなくば、事件である。

事件といえば、そのときの旅行中に、同行の一人が地下鉄「メトロ」でスリに遭うという被害があった。

その人は、見るからに堂々とした体格の実業家タイプで、名前はSさんといった。夕食後、数人の仲間とセーヌ川クルーズへ出かけ、その帰り道メトロに乗ったとき、事件は起きた。

もう午前零時に近かったが、車内は空席がないほど混雑し、Sさんは仲間と一緒に通路に立っていた。ある駅で停車し、次の発車間際に、数人連れの若いフランス人たちが後ろをドカドカと通り抜けていった。ハッとあることを思いついたSさん、ズボンの後ろポケットに手をやると、入れていた財布がない。三人連れはと見れば、ドアの近くまで移動し、降りようとしている。Sさんはドアまですっ飛んでいき、思わず逃げようとするひとりの男の手を掴んだ。すると仲間の一人がSさん目がけ、スプレーをかけた。車内は噴霧がたちこめ、視界が遮られたが、力の強いSさんはひるまず、賊の手を離さない。男はプラットホームに降り立ち、掴まれた手を振り切ろうともがいている。

やがてそのままの形でドアがしまり、賊の手はそのドアにはさまってしまった。そのまま発車したら、彼は引きずられ大事故になる。これを見て、先に降りていた賊の一人はドアの隙間から掏り盗った財布を投げ返した。Sさんも賊の手を離してやり、財布は無事もどったという。

話を聞いて、わたしはSさんの勇気に感心したが、同時に手慣れた悪党とはいえ、賊一味の臨機応変の見事さは、さすが〈走る〉民族だと思ったものである。

デカルト哲学の伝統のなかにあるフランスでは、高校でも哲学の授業を設けるなどして、合理的な考え方を重視する国民であることはよく知られている。しかし一方では、国王を断頭台でギロチンにかけた革命や、その後の王制と共和制を繰り返した政変の目まぐるしさ、あるいは第二次世界大戦中の抵抗運動の激しさ等々、これらの事実からは、フランス人は単に考える国民であるだけでなく、行動する国民であると定義することもできよう。そんなことを考えながら、わたしはフランスでの出来事を想い出していた。

(平成二十五年四月作品)
<引用終了>____________
フランス人とて、時代は変わっても
気質は、流石に
>考える国民であるだけでなく、
>行動する国民であると
>定義することもできよう
というのが、
イエローベスト運動を見ていても
すごく感じました。
ただ、ちょっと
「スペイン」的であるかも、、、

でも、結果行動は
お勧めできませんが

「否定の意思表示を
行動で公に晒した」
という快挙は、、、
いま、世界的に波紋を
起こしています。

しかし、
われわれ、日本人の多くが
1.眠ってるし
2.従って、考えてないし
3.従って、行動出来てないし

の馬鹿化された、
完全洗脳化完了民族なのかも
しれません。

だから、私にできることは

まず、「覚醒めさせる」こと
をやってます。

あなたは、
現状の政治経済・社会が
ほんとうにオカシイと
思いませんか?

「何が?・・・」
みたいに思ってる人は
このブログ、見てないですよね!

このブログをご覧になってる
あなたは、少なくとも
現状の世界がオカシイと
思っているはずです。

何がオカシイのか?

私に云わせてもらえば

「宇宙法則」に
逆らって、何でもかんでも
造ったり、壊したり
教えたり、、、、

その結果が、現状です。

つまり、飯島秀行先生が
おっしゃっている通り、
結果で結果を対処しようと
しているから、
いつまで経っても、良い結果が
出ないんですよね。
http://soujya.net/2018/10/20/post-5265/
http://soujya.net/2018/10/20/post-5270/
http://soujya.net/2018/10/20/post-5317/
要するに
原因の世界からアプローチ
してないもんだから
結果が、思わしくないものに
なってしまっている。

そうですよね、カネに目をくらんだ
国会議員や官僚どもが、
結果のカネを目当てに
コネや脅しや暴行、はてまた
殺人を依頼するなどして
ハシタガネを遣って、
何とかしよう(私用)、と
躍起になって事を起こしてきた。

結果を結果で、やろうと・・・

その結果が、
今の日本です。
今の世界です。
今の地球です。

生き地獄と化しました。

今やあなたのご近所で「自殺者」が
見かけられるほど、日本列島は
悲しみの想念に
包まれてしまっています。

命を絶って、逝ってしまう・・・。

「さようなら」の言葉も
何も残さない場合も多く・・・

残された、遺族は、さぞやりきれないと
思うのです。・・・

何かが、追い込んでいたのです。

それは、決まってます。

「悪想念」です。

そうです、この日本に
悪想念が渦を巻いていて
邪な現象化が
起きているということと
考えることも出来ます。

それを、
邪気を

追っ払う、あるいは消し去る
必要があるのです。

それは、

「正しく思うこと」
正しい想念に導かれること。
正しい想念を習慣化すること。
正しい想念で武装すること。

その一つの具現の道が
正しい理念を持つ

そうです、
正しい理念のひとつは、、、
こうです!

「我々は常に個人として自由に考え、
判断し、行動しなければならない。

それは自由であると同時に責任である。

何故なら、時として体制が生みだす
不正義、アンフェア、誤った方向性に
異を唱え、新しい方向性を与えうるのは、
個人の自由な心に基づく判断、
行動であり、

それは社会の最も重要な
自浄機能である
からである。

物言わぬ個人はファシズムを育て、
自由民主主義を殺す。

よって我々は不断の努力によって
その責任を全うしなければならない。

個人の自由は公共の秩序や
公益に優先し、
他者の権利(公共の福祉)
を侵害する場合にのみ
制限されるものとする。」

という事につながります。

なんか、かっこよくて、清々しく
汚職とか不正とか、
負のエネルギー
が入りる隙間すら、ナシって
感じですよね。

ここで、非常に重要な文言は

>物言わぬ個人はファシズムを育て・・・

というところだと、私は
思ってます。

だって、今の国民の半分が、
物言わぬ個人になってます!

自分が居ない人。

自分を信じたくない人。

自分が生まれて
こなければよかったと思ってる人。

■選挙に投票に行かなかったり
■どうせ、…という諦めマインド
■長いものにまかれろの組織人間

でも、もう安心してください。

実は、上で述べた「理念」を掲げて
この日本を立て直そうと
考えてる人が

フェア党代表の「大西つねき」氏です。

それでは、フェア党が掲げる
フェア党理念を
すべて見てください!
http://www.fair-to.jp/wp-content/uploads/2016/05/rinen.pdf

ところで、
なぜ、理念にこだわっているのか?
フランスという国家の時間軸を
眺めますと
中世のフランス革命で打ち倒した後の
各反政治勢力は、その後内部分裂に陥り、
その混乱がもとで、
というか、それを利用した
皇帝ナポレオン3世がクーデタを起こして
権力を握ったのです。

現代でいえば、
2011年の「アラブの春」の最中、
エジプトでイスラム主義者やリベラル派の
連合デモ隊がエジプトをそれまで
30年も支配してきた
ムバラク大統領を
失脚に追い込んだのは良いが、
その後に、これまた内部抗争が
激化して、
結果して、軍のクーデタによって
混乱を収束させ、いつのまにか
支配してる状況です。

このように歴史は繰り返すとすれば、
フランスでの右も左も無く
イデオロギーの違いを超えた
イエローベストたちの
結束は「共通の敵」が居なくなった
瞬間、の後は、・・・?
たぶん、「圧倒的な力」
によって押さえ込まれる
予想となるでしょう。

なので、それとは違って、
何とか主義には染まらず、

時として体制が生みだす
不正義、
アンフェア、
誤った方向性に
勇気を持って異を唱え、

新しい方向性を与えうるのは、
個人の自由な
心に基づく判断とそれに基づく
行動力のある
理念を持った市民が
その理念を掲げて進むことで
国家経営戦略が展開するのです。

なので、
そのような「破壊と暴動」など
起こすわけ無く、清々と
粛々と展開運動を
この日本から、革新波動を世界に
発信し続け、

そして、望ましい世界の動きの
波動が
こんどは日本に4倍になって
帰ってくるのです。

そのような

気概と希望をもって
進みましょう!

では、あた。


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■大西つねき氏の書籍紹介

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