「「「以前の私を包んだ私」を包んだ私」を包んだ私」を包み込んだ私・・・

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こんにちは、\ソウジャ です。/

先のブログで書きましたが、、
「時空を旅する」という意味を
何かの
たとえが、、、ほしいなぁあと

なにげに
マトリョウシカ(マトリョーシカ)
にあったのかもしれないと
思っていました。

なぜならば、今、自分が生きている肉体
を見ては、いるものの
その肉体の外側には
その肉体を超えた、自分を
包んでいる、何かが
存在し、

そして、その存在を
更に覆っている、存在が・・・
個体にまつわる、連続性が
あるのでは、ないか?

そして、今の自分の中に
内在する、何かも
肉体を含めた自分を構成している。

という感覚です。

エジプトのいつの時代なのか
わかりませんが、黄泉(よみ)の国みたいな
ところへ行くそうですが、、、
https://matome.naver.jp/odai/2148645880189169701
<引用開始>
エジプトの『死者の書』

古代エジプトの人々は、死後に不死となるには、魂がまず黄泉の国を通過しなければならないと信じていました。黄泉国とは、大きな洞窟や炎の湖、そして魔法の扉のある世界です。言うまでもなく、そのためには十分な準備が必要です。でも、どうやって備えればいいのでしょう? テジャル・ガラが、エジプトの『死者の書』、つまり生きている者によって個人のために書かれた、死後の道のりを容易なものにしてくれる魔法の巻物について教えてくれます。
<引用終わり>
なにやら
悪魔宗教の教えになってるようです。

私から云えば、、、すでに

「時空を旅してる」
状況なのに、
黄泉の国(悪魔が創造した仮想天国)
とやらに行きたい、そして生きたい、
みたいなことをやってます。

時空の旅について、悪の道に

偏向放送された
ような状況だったのかもしれません。

なので、エジプトの死者の書が
書かれた時代は、
「三次元の肉体が消滅することと
、あの世が存在すること」を
結びつけようとして、考えた
悪魔崇拝者による導きだったと
思われます。

それで、マトリョウシカに戻りますが

肉体人間として、存在している
私達は、
血と肉と骨をまとっていますが、
これは、宇宙の時間からすれば、
いや、地球の年齢から見ても

「一瞬の姿」ですよね。

一瞬、現れては、すぐに消えてしまう存在。

つまり、一時的な姿なわけです。
だから、それで、終りに見えますが、
人間、生まれては消え
消えては生まれ、

私は、数十億年まえから
繰り返してきたのではないかと
思っています。

肉体の死の瞬間

生命意識は肉体から去って
行くのだと思います。

それは、ある時点の
肉体マトリョウシカの
死であって、

肉体から去った
意識は、
その肉体を覆っている
目に見えない上位
マトリョウシカ領域。
つまり
地球を覆うマトリョウシカ領域に
移動するだけと思います。

そして
そこに意識が
留まって、
肉体を持って生きていたときに
何を学び
何を反省し
何を成したか、など
振り返りをおこなうのでしょう。。

そして、
次の肉体を得る機会を
待つことになるのだと
考えます。

ただ、これだけでは、
単なる、この地球上での
学びの時空の旅となるのですが、

これだけでは、真の学びに
なりません。

もっと、上位のマトリョウシカの
領域に行かなければ、わからないのだと
思います。

それは、
地球を覆うマトリョウシカの領域を
超えた
太陽系マトリョウシカの領域です。
こうなると
意識の偏在力は
地球の重力を超えた存在となり
悪魔の領域とされている
地球重量領域から
解放されることになるのでしょう。

このように
生命のマトリョウシカは1次元から
n次元まで、時空を射貫いて
存在してるのかもしれません。

なので、上位のマトリョウシカの存在を
意識して、地球上での
「支配者と奴隷」に
幾度となく生まれ変わりをしてきた
歴史に、今、終止符を打つ!
意識に変えようでは、ありませんか!

では、また。


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