【木下竹次 著「学習原論 」】縛即解・解即縛・学習も、この境涯に達しなくてはならぬ。

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こんにちは、\Soujya です。/

タイトルの言葉を著した人が
木下竹次氏

出自情報について詳しくは、
コチラで、どうぞ
コトバンクに飛びます

今回は、彼が著した著書「学習原論 」の
中にある

縛解一如について
述べているところが、

すごく、肚に落ちて
すっきり感がある教え方だなぁと
素敵に感じたから、
紹介します。
(たしか以前にも触れています・・・)
>縛解一如(ばっかいいちにょ)って、何?

木下竹次氏によれば
縛解一如(ばっかいいちにょ)
という考え方がある。

<引用開始>

人は自由を欲するとともに
束縛を欲する。思うに自由と束縛とは相対的なもので
絶対的に束縛もなければ自由もない
はずである。鳥も空気の抵抗がなくては飛べない。釘も木片の反対がなくてはきかない。

学者は自説が黙認されることを苦にする。

政治家は善悪がないように
なれば生命がなくなる。

この縛解一如という考え方からすれば、
課題はとりあえず制約や抵抗を取り除くこと
にではなく、

力を引き出すために
的確な制約や抵抗を設定することにある。

型は、こうした意味での抵抗である。
型は通常は、自由を制限するものと
考えられがちだが、
良い型はむしろ、人を自由にし、
活性化させる。

・・・
・・・束縛は自由を激成し
束縛打破は自由行動者の
愉快とするところである。

自由行動がその束縛そのものに
感謝することのすくないのは遺憾である。

これを要するに縛解一如でなくてはならぬ。

帯は身体を束縛する。
しかし帯がなくては腹力がなくて

活動自在にならぬことがある。

縛即解・解即縛・学習も
この境涯に達しなくてはならぬ。

<引用終り>

■編集後記

宇宙海賊団の専用辞書では
縛解一如
ということなのです。

居ますよね、自由ばかり主張する
おしゃれジジイ&ばばあ
権利ばかり主張して
利権ばかり確保して、、、

自分の立場をわからないヤツ。
自分を弁えないやつ。
己を踏まえないやつ。

そんひとらは、なーんも
わからんと
縛即解・解即縛・学習が
なっとらんのだろう。

たーだ、めし食って
たーだ、儲けて
たーだ、自慢しよって

人間の
なんたるかを
なーんも、わからんで

たーだ、生きとる。

ところで、
竹次木下氏の学習理論の構造について
明らかにする論文が
ありましたので、
以下、紹介します。。。

彼の学習理論は、大正デモクラシー時代に
形成されて、その理論は
児童を中心主義教育を遂行するための
日本の進歩主義に強く支えられ、、、
また、ジョン・デューイの教育目的論
の影響を受けていると考えられる。

しかし、彼の理論は
禅や武士道に含蓄されている日本的・
東洋的な精神を保持していたのである。・・・

 ⇒■木下竹次の 「学習法 」の 構造
http://bit.ly/2O4bzHn

では、また。


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■学習原論 (1972年)
(世界教育学選集〈64〉)
[古書] 木下 竹次; 中野 光【中古】

■学習原論 (1972年)
(世界教育学選集〈64〉) - – 古書, 1972
木下 竹次 (著), 中野 光 (編集)
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2007年3月26日

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