「森友問題」を幕引きしたい奴らと最後まで見せろという観客の寸劇!=お祭り騒ぎ!

こんにちは、\Soujya です。/

今回の「森友問題」しかり、
根っこは、みな売国奴政権の下、
どうしようもないと、覚醒した
日本人国民は、半ばあきらめてる。

与党も野党も無い!
これまで、
肚の座った、議員が、生存したが、
今は、「絶滅」させられた。

ここらへんが、多くの
「眠った国民が」わかってない!

つまり、多くの国民は
目先の
流行り、事件・事故、、
そして、ちょっとした頂点を
夢見せられて、中には
ハマってしまう者も多く、
「うわべ」だけの世界にすっかり
魅了されたり
それが、重大な問題かのように
取り組まねば、生きていけない
かのように、洗脳させられたりと、

とにかく、
「おまえら、何のために」
生きてんのかよー

と云いたくなるほど

翻弄され
何かで埋め尽くされている。
そして、自分たちは、
流され続けている。。。。

全員が、
「それだけ集中」人生で・・・
「目先の焦点」
「うわべのしあわせ」
「三次元の船酔い」
「とりあえず、得たい、刹那組」
「やりたい放題のリア充」
「やり逃げしたいホンネの仮面」
「アゴ出して、ベホマズン所望」
「普通より稼ぐオシャレジジイ」
「小金大事にするオシャレババア」
「他人の褌、借りてOK野郎」
「子犬と戯れて、人嫌いババア」
「他人の子より、我が愛犬」
「誰も見てない、犬糞放置プレイ」
「親も子も互いに監視する家庭」
「森友で友と思って裏切られ」
・・・すいません。
だんだん、サラリーマン川柳っぽく
なってきたんで、止めます。

とにかく、悪魔の誘いとも云える
・冷たく
・暗く
・陰湿で
・こころが、汚れ
・狡猾で
■偶像崇拝で、、、
■自己中心で、
■焦点が「固定」中、です!

話を戻します。。。

ということで、多くの庶民は
起きてるときは「近視眼」です。
寝ているときも「眠って」います。

やはり、非常に人間にとって
重要なのは
「生きるためのお金」を得ること
では、ありません。

それは、大事な部類に入るかも
しれませんが、、、、

非常に人間にとって
最重要なのは

それは

「自分自身を知る」ということ。
自分を知ることの必要性です。

この三次元物理地球上で、
いかにも人間は「社会」という
シロモノを形成し、「文化」なる
形で人間性を過去から謳ってきた
ように思う。

そこには、たくさんの
歌と踊りがあり、「お祭り」が
ある。

いまでも、希少なのは「盆踊り」
であろう。。。

しかし、徐々には、名残的に
存在化され、稀有なモノとして、
それすらも、商品化しようとして、
競わせられてはいないだろうか?
なぜ、競わすのか?

森友事件の国会中継を見で
激怒し、闇の権化を明らかにせよ!
と興奮して、
お祭り騒ぎ的に興じて
茶番劇の劇を楽しんでいる
場合では、無いのです。。。

ここに、「上下対立」をさせようと
する何かが、私たち庶民の
温もりを抜き取ろうとして
いるようでならない。

ところで、やはり、盆踊りは、
地産地消に限る。。。。

堪能したければ、地元に行って
参加すれば良い!

ところで、、、
「日本三大盆踊り」といえば、、

秋田の
「西馬音内(にしもない)の
盆踊り」、

岐阜の「郡上(ぐじょう)踊り」、

徳島の「阿波(あわ)踊り」

■西馬音内盆踊り 三日間の記録 2017年 8/16~18 (NISHIMONAI BON ODORI)
秋田県羽後町の西馬音内盆踊りは
日本三大盆踊りの一つ。
編み笠、黒い頭巾で顔を隠した
踊り子が かがり火を囲んで踊る。

■4K【岐阜県郡上市】郡上おどり
「盂蘭盆会 本町」2017年8月16日

■阿波踊り最終日総踊り2017/8/15

どれも、日本人情緒を感じさせて、
見てるだけで、
体が、動いてしまうノリだ。

まるで、民衆が
一年このお祭りのために
我慢して、我慢して、、、
そして、
盆踊りの時期に
「エネルギーを一気」に爆発!
ガス抜きを
させられているようにも見えます。

このよに書くと、ホント
「色気無く」
自分がシニア臭いジジイだなって
思うんですね。

わかっちゃいるけど
「つい、ブログに吐露」
しちゃうのがシニアっぽい。か。。
・・・「(ノ∀ ̄〃)?/{{{

それで、盆祭りには

たくさんの人・ヒト・ひとが
集ってくる。

そうすると、、自分とは違う
価値観を持った
他者が集うことになる。

物見遊山では、お祭りを
感じることは出来ません。
いっしょに踊ることで
分かる感動が有るのだと、、、
それが、盆踊りなのかも。

さて、
お祭りを盛り上げる話です。
(建設的な考え方とでも云うかも)

個性あふれるお囃子と踊りは
自己主張のように競って映るけど、
それは、お祭り全体を
盛り上げるための
インパクトとして、捉えたい。。。

お祭りを盛り上げるポイントとは?

連携と関係性。

それは、関係者同志の
他人を互いに理解し、
その違いを認め
受け入れる事。信頼すること
信頼に応えること。。。

それには、まず、
自分のことを良くわきまえて
知っておく必要があると思います。

自分が、「お祭り」に向けて
どのように盛り上げる価値観を
持っているのか。

今、自分がどのような
状態にあるのか。

といった、お祭りに向けての
自己認知
(自分の考え方や感情と
考えのクセを理解することや
自分がなぜ、ここに存在して
いるのかを認識すること)
をしておくことが必要です。

これが、「ひと」としての
基本中の基本的な定礎。

人は誰でも、
自分の「思い」「感情」「考え方」
など、自分の主観で
他者を捉えてしまいがちです。
それは、すべて
「ひと」としての定礎から
ボタンのかけ間違えを
しているかもしれません。

その主観は物心がついたときに
適切な教育や指導がなされておらず
地球人の多くの群知能である
情報場から同期した、、、
「私という枠」を持って
人体の中に個として在るかの
ごとく、
モノゴトを観ている(観測)者が
存在している。。。

わたし(個)の・は・・
■成功
■◯◯を多く所有
■幸せ
■儲け
■名声
■所有



さて、ここで
「宇宙海賊団専用辞書」から
上記の

「私という枠」=自我フレーム
について、述べているので
以下、引用します。。。
http://dictionary.sekirintaro.com/%E8%87%AA%E6%88%91%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A0%EF%BC%88%E3%82%A8%E3%82%B4%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A0%EF%BC%89/


自我フレーム(エゴフレーム)


亜空間知能という情報場から
同期する、いつか、どこかで、
だれかの似たような記憶に
ハックされた造られた『わたし』
というフレーム。

『わたし(個)が成功したい。』

『わたし(個)は○○を、
より多く所有したい。』 

『わたし(個)が
幸せになりたい。』

 わたしが、わたしが、わたしが・
・・この二元情報処理モジュールの
導き出す 『わたし』 という
幻想(亜空間)の、果てのない欲望
を追い求める滑稽な姿、
その集合体が戦争経済そのもの
として具現化されている。

ちなみに、西遊記に出てくる孫悟空
の頭の輪っかは、自我フレームの
象徴であり、己の欲望に任せて、
孫悟空が悪さをするたびに
輪っかが締まり
苦しめられたように、人類もまた
己の欲望と恐怖の振り子によって、
脳海馬自我フレームを強固にして、
自らの首を絞めている。この頭の
輪っかを取り払うことなく、
科学信仰によるテクノロジーの
発達(金団雲や如意棒)ばかりを
推し進めたところで、末路は
視えている。どんなに暴れ
まわっても、けっきょくは
御釈迦様の手の平にいた孫悟空
のように。
私たちは、この時空の一部に
過ぎないという自覚とフォトンへの
謙虚さを持つことでしか、
この輪っか(自我フレーム)は
取り外せないことを知るのだ。
この偽りの自我は、
死というゼロ量子場において
溶解され、また大元の情報場
(巨大な人類記憶貯蔵庫=亜空間)
へと戻され、また亜空間へと
アクセスした違う誰かが、
その記憶をすくい上げ、前頭葉に
転写する仕組みとなっている。
この終わりなき
『無限クローズドループ
(記憶の共食い構造)』こそが
地獄の本質であり、この偽りの
輪廻から脱することを、釈迦は解脱
という言葉で説き教えてきた。
(その教えすらも誤読され
伝わってしまっているが。)
映画クラウドアトラスでは、
クローン人間がありもしない天国を
信じこまされ、再生工場として
利用されていた事実に激怒する
シーンが、この自我フレームによる
記憶の共食い構造の描写として
あらわされている


以上ですが、
自己認知力として
どれだけ、「ひと」としての定礎を
理解しているかに掛かっている
ようでなりません。

「ひと」としての定礎を学べば
学ぶほど、現在の人間世界における
情報空間を人間同士が共有している
阿呆臭いカラクリを達観できる
と確信します。

この地球という星に
生かされているということは、、、
第三惑星に生きてるということは、
、、すべて、私たちが、
偶然に出会っているのでは
ありません。

一つの「お祭り」に
参加していると、直感します。

キーワードは
■26000年ごと定期的にやってくる
■それを待っていたかのような喜び
■タイミングを逃して参加出来ない
 のは、「後の祭り」となる
■カラダのすべてを使った生の表現
■我(エゴ)を忘れて興じる
■祭りは、「ピーヒャララ・
 テンツク・テンツク…」とヒトを
 そわそわさせて、浮かせてしまう
 魔力を持っている 
■頭で考えるよりカラダで感じる
■祭りのあとは、寂しさが残り
 悲哀とともに、リセットされる。

そのお祭りのクライマックスは
2039年に
やってくるのかも知れません。

では、また。


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