神ははじめに天と地とを創造された

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こんにちは、\Soujya です。/

私達は、一般的認識として
三次元に住んでいます。

そうですね、
縦×横×奥行き
これは、三次元立方体。

この構造は
1次元と2次元が基礎。
元になっています。

では、その1次元の元は・・・

0次元でしょうね。。。
さて、ここから引用です
http://www.geocities.jp/eastmission7/5dimenntoin.html

<引用開始>__________
・・・光は0次元、そのために時間がない。この0次元の点(体積0、質量0)のかさなりから宇宙ができている。そのために光をどこから見ても光の速度は同じというアインシュタインの光速の理論がでてくる。光(0次元)の連なりが光の波としての性質(量子理論)。光の波の高さを表すのは出力の強さではなく、その場所で光が発見される確立のたかさ。光の0次元としての性質から相対性理論ができたと考える。
神の創造の最小の形が0次元の点、神は無からあらゆるものを創造された。それが素材となり、組み合わされ、さまざまな元素や物質が作られた。0次元の光の点は光速で動いている。しかし速度が光速の数パーセント落ちると、運動エネルギーが質量に転換されはじめ、物質化する。それが0次元の光が3次元の物質化であり、3次元の物質になることで時間という領域に入る。それまで光だった無の存在が時間という、存在する世界の中で物質となり「有る」ものとなる。
すべてのものは光からできた。

はじめに神は「光あれ」と言われ(創世記1章3節)、光を作られた。宇宙や太陽が創造される前に光が創造された。その光は太陽の光ではなくエネルギーとしての光。0次元としての光。光はエネルギーそのもの、神に向かっていれば、いつでも限りなくエネルギーが注ぎ込まれる。植物はその現実的な例。光合成によって光を物質に変え、それを蓄える。それを食物として人間が食べる。そしてそれが人間の生きるエネルギーとなる。
しかし神の元を離れた、サタンの軍勢たちは、もう光を神から限りなく得ることはできない。なぜなら彼らは闇の方を向き、光を受けないから。(ヨハネ3章20、21節「悪を行っている者はみな光を憎む。そして、そのおこないが明るみに出されるのを恐れて、光にこようとはしない。しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである。」)それゆえに、サタンの軍勢は生きるために、光に代わるエネルギーを採取する必要がある。それが5次元エネルギーとしての人の命。そして人の中にある「幸せ」という光のエネルギー、それを採取することで、エネルギーを得る。
さて、エネルギー保存の法則によれば、サタンの軍勢によって、奪われ消費されたエネルギーは違った形として、放出される。それが私たち人が学ぶ「教訓」、そこから知恵を得、心の成長を得る。これが5次元エネルギーの循環。さまざまな歴史の中で、サタンの軍勢は神の創造を破壊し、それを彼らの生きるための食物として摂取してきた。しかし、それは人類への教訓、成長のカギとなってきた。それは歴史から学ぶことであり、そして悲惨な出来事や事件、戦争から、重要な教訓を学び、愛と平和の大切さを知ることにつながる。つまりイエスの来臨によって、サタンが排除されない限り、神の創造の破壊・・・人間の苦悩と争いと悲しみは終わらない。

ところで、メッセージを伝えるということは、このサタンから排出された、エネルギーを生命エネルギーに転換して、それをまた人々に与えること。これが宣教師の働き。それらのエネルギーが音楽や文学、映画、芸術となり、人間の社会に還流する。建設的なエネルギーに転換されて、あるいは負のエネルギーのままとして。
さて電気の流れは磁場ができることで発生する。あるいは電子が流れることで、そのまわりに磁場エネルギーが発生する。5次元の磁場ができることで、その中を光エネルギーが流れることで、人間の体内に生命エネルギーが発生し、光のエネルギーが命に転換される。つまり、いつも光エネルギーが体の中を流れていることが「生きている」ということ!
<引用終り>__________
聖書に書いてある意味を
このように重ねて
考えてみると
その奥深さを
感じぜずにはおれません。

そうです。

この宇宙は、重なりの連続
重なりが
多ければ多いほど

何かになってきます。

それは、物質化だったり
電気だったり
電磁波
電場・磁場

そして、インターステラーでの
重力場だったり・・・

では、また。

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