足りない病の女性たち・・・せちがらい浮き世を忘れるココロの余裕が必要です。

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こんにちは、\Soujya です。/

私の先の記事で
>※現政権では、女性の働きを
>重視していると云う割には
>「106万円の壁」を設けるなど
>云ってることと、やってることが
>違うわけでして、
>もし、ホンキで女性の働きを
>考慮しているのならば
>①保育と介護の受け皿拡大
>②在宅勤務が可能であれば推進
>③亭主の長時間労働の見直し
>を具体的に同時並行的に
>あるいは既に施策を取っている
>のであろうか?
と、掲載しました。。。

しかし、よく認知してみると、なぜ
女性は、いまの時空では、

思うように、衣食住を得られず、
家族のために
稼がなければ
ならなくなったのでありましょうか?
(中には、家族というより
自分のために、、、、子供を預けて、、、
というのも、意外とホンネかもです。
育児放棄に近いものがあるかも
しれません。。。)

今回は、女性の本筋というか
本来の女性とはどのように
生きるのが美しい生き方なのでしょう?

という、本質に迫りたいです。。。

「女の一生」というのが、ありますよね。
けど、遠藤周作が描いた
「男の一生」というのも
ありましたけど、

男というものは
元来、助平で、
「英雄、色を好む」ごとく
女性を追いかけているのです。。。
ミスター『ちはやふる』こと
平安時代の歌人の
在原業平が詠んだ歌の一句
英雄色を好むは真理!?日本の偉人「性豪伝説」

ちなみに、この「ちはやぶる」
動詞「ちはやぶ」の連体形から
勢いが激しい意で、
「神」、また、地名「宇治(うぢ)」
にかかる。

ということで、男は女性なしでは
生きてはいけないシロモノです。

それだけ、女性は素晴らしい。

現在は、欧米化が浸透し、当たり前のように
固定観念で、植え付けられてしまったけど
女性は、そのカラダとココロによって
男と違った
担いと責務が本来、あったと考えます。

その一つが
「子供を育てる」ということです。

これを、現在は、させないような仕組みに
世の中が、うまーく
仕組まれています。

母親が手塩にかけて
子供を育てると、どのようなことに
なるか?

ハイ。

当たり前ですけど、
まともな、大人への基礎が育まれます。

つまり、世界を支配する
支配者層の「おかしさ、ヤバさ」が
まともな人間に拠って
暴かれ、晒されて

本来の人間が持っていた
能力
気付き
感覚
が蘇って、、、、、

支配者層の「邪魔」な存在になってしまいます。

これを、悟られないように
うまーく、何かにつけて支配構造を
これまで構築してきました。

ところで、先程言った
能力・気付き・感覚
が蘇っている人がいました、、、
「さゆふらっとまうんど」氏です。

2017.07.01 藤島利久 / さゆふらっとまうんどサンと対談2
https://youtu.be/FCt1kvCHqRk?t=2806

やはり、本質的視点が、今の国民に
欠けているのでは無いでしょうか?

肚で思えば、わかりますよね。

なぜ、生活が苦しいの
なぜ、生活が苦しいから、
母親まで、子供と同じ時間を共有できずに
子供を保育園に預けるのか
これを、国が推し進める政策なのか?
保育園の数が足りない・足りない・・
「何でもそうです、足りない病の世界」

・足りないおカネ
・足りない時間
・足りない成績
・足りない稼ぎ
・足りない努力
・足りない栄養
・足りない健康



さしずめ、
家にいて、安心すべき女性が

いま、足りない病に
侵されています。

では、また。


女の一生 (新潮文庫) 文庫 – 1951/2/22
モーパッサン (著),‎ 新庄 嘉章 (翻訳)

子供時代に読んだときは、女癖の悪い男に騙され、
放蕩息子の犠牲になる哀れな女の話に過ぎないと思い、
ストーリーの暗さにむしろ嫌悪感を覚えた。
だが成長して
もう一度読み返したときは、
文体の美しさに改めて魅了され、
見事に描き出されている失われた
貴族階級の優美さに心惹かれた。

モーパッサンは
元来ペシミスティックな作家です。
主人公ジャンヌに次々と厄災が降りかかる。
ようやく最後にかすかな希望。
やりきれない。
短編小説集を読んだほうが面白いのは確かです。
では、読む価値がまったくないか
と言えばそうではない。
「罪と罰」はほぼ同時期に書かれました。
あるレビュアーの人は殺人をテーマにする
物語なら敢えてこんな長編を読む必要がない
と評されました。一理あります。
私だって「罪と罰」を読むのに登場人物が
あまりに多いので目録を作って読んだほどですから。
しかし、昨今の話題作を読んで代替に
なるかなんですよね。
モーパッサンにせよドストエフスキーにせよ。
そこが今日まで読み継がれている名著たるゆえん
なのではないでしょうか。
手早く効率と成果を求めるのなら流行本でいいわけです。
しかし、物語の深さといいますか
味わいを求めたいのなら、
こうした古典文学を読まれたほうが収穫が得られます。
本書をじっくりと読む時間は、
あまりにせちがらい浮き世を忘れさせてくれることでしょう

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