鉄舟先生:剣禅話

こんにちは、\Soujya です。/

突然ですが、
このブログの読者さんの多くが
「日本人」ですよね。

いや、肉体はどうであれ

「日本」が好きで、日本人の生き方が
とっても、美しく、素敵に思って
そのような日本人になりたい人・・・

少し、くどかったかな?

そう、そのような日本人を
目指す人が
私は大事なひとだと思います。

「ひのもとのにんげん」
です。

私は、思います。
せっかく日本人に生まれているのに
「ひのもとのにんげん」とは
何なのか?

そのような
「ひのもとのにんげん」の
実在人間が、いるとすれば
その人に学ぶ必要がある。

それが、
「ひのもとのにんげん」として
生まれた
義務であり、使命であり、運命である。

感じます。

さて、
その「ひのもとのにんげん」の実在として
人間像が「幕末&明治維新」に
登場してきます。

その中でも、今回、紹介するのが
「山岡鉄舟」先生。 
Tesshu[1].jpg
まあ、詳しくは
ウィキペィアに載っていますが、
一言で云えば
「江戸城の無血開城を実現した幕末の偉人」です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B2%A1%E9%89%84%E8%88%9F

さて、今回、「山岡鉄舟」先生について、、、
一つの本を紹介します。

剣禅話

武芸を学ぶ心をいつも
禅の考えの中に置いて、
剣禅一致を求めた
そんな
鉄舟先生の主要な文言のすべてを収録した
ものがありました。

45歳にして大悟した
幕末の偉傑・鉄舟の思想と行動を解明する。

この本の
カスタマーレビューより
<引用開始>______________
■山岡鉄舟についての思想を表した書といってよい。
本書は自身が剣を極めるため、
鉄舟がどのような修練・思索を重ねてきたかを
窺い知ることができるのである。
しかも文章には無駄がなく、
読んでいて真に痛快なる思いがする。
実践しやすいような表面的なHow toは
記されていない。
個人として如何なる心持で
修養を重ねていくべきか、
それを学び取っていくのが
本書を読む意義であろう。
この不安定で先の見えない世相ではあるが、
このようなときにこそ
個人の修養に余念がなく、
決して妥協することのなかった鉄舟に
学ぶべきではあるまいか。
本書はきっと求める人物の
一助となりえるであろう。

■禅の世界では、頭で分かることを
「知解」といい、理論を超えて、
感覚的に身体で分かることを「体解」という。

「体解」こそが
求められるのであって、
「知解」はまだ半端な状態であるとされ、
場合によっては邪魔だと放下される。
鉄舟はまさに
「剣禅一致」の人であったので、
剣も禅もひとつの如しの心境は、
頭で考えて出されたのではなく、
体で体得したことであったろうことが、
この本を読むとよく理解できる。
それと同時に、
剣は己を斬る道具でもあるので、
己の度合いや、人品骨柄なども、
自然と認知されてしまう。
その厳しさは、
ひとり鉄舟のためだけでなく、
この本を読む我々もまた、
斬られているのである

<引用終り>______________
ああ、若かりし頃の鉄舟先生の
写真がありましたので
置いときます。

ウィキによれば、勝海舟、高橋泥舟とともに
「幕末の三舟」と称される。
身長6尺2寸(188センチ)、
体重28貫(105キロ)と大柄な体格であった。
Japanese-Warriors-in-the-middle-late-1800s-24[1].jpg
体躯から感じるのは豪傑です。

まさに、江戸幕府の象徴である
江戸城を無血で開城を実現させ
収束させた男の中の男。

武勇にすぐれ、
力も強く、
肝っ玉もすわっている人。
小事にこだわらず思いきった
ことをする人。。。

「豪傑」とは彼のためのことばでしょう!

且つ、人に優しい。。。
「外観は優しく、己に厳しく」
鉄舟先生は
強い人です。
強い人は、美しい人です。
美しい人は、他人を思う人です。

何よりも、人的基盤は「強さ」
だったのですね。

その鉄舟を作り上げたのが

「鉄舟二十訓」というものだった。

一、 嘘を言うな。
二、 君の御恩を忘れるな。
三、 父母の御恩を忘れるな。
四、 師の御恩を忘れるな。
五、 人の恩を忘れるな。

六、 神仏と年長者を粗末にしてはならない。
七、 幼者を侮るな。
八、 自分の欲しないことを人に求めるな。
九、 腹を立てるのは道に合ったことではない。
十、 何事につけても人の不幸を喜んではならない。

十一、力のかぎり善くなるように努力せよ。
十二、他人のことを考えないで、自分の都合のよいことばかりしてはならない。
十三、食事のたびに農民の辛苦を思え、すべて草木土石でも粗末にしてはならない。
十四、ことさらお洒落をしたり、うわべを繕うのは、わが心に濁りあると思え。
十五、礼儀を乱してはいけない。

十六、いつ誰に対しても客人に接する心がけであれ。
十七、自分の知らないことは、誰でも師と思って教えを受けろ。
十八、学問や技芸は富や名声を得るためにするのではない。
    己を磨くためにあると心得よ。
十九、人にはすべて得手、不得手がある。
    不得手をみて一概に人を捨て、笑ってはいけない。
二十、己の善行を誇り顔に人に報せるな。
    我が行いはすべてが我が心に恥じぬために努力するものと思え。

聖書のモーセの十戒と被っていますが、
それだけ、人間についての
基盤とする戒めが
書いてあるのでしょう。

ところで、カスタマーレビューにあった
>「体解」こそが
>求められるのであって、
>「知解」はまだ半端な状態であるとされ、
>場合によっては邪魔だと放下される。
という部分が、非常に、今後の
私たちの未来を開いていく人間にとって
重要なことなのです。

そこまでして、なにを求めたいのか?
とおっしゃる方もいるかも
しれませんが

真理の追求です。

いまの世の中、嘘・偽りが、ほとんどです。

「偽善」も見抜かなくては
なりませんし、
己も、知らず知らず偽善を
している姿を感じて、人生どうしよもなく
自己嫌悪に
陥ってる人たちが多いです。。。

偽善とは
他人が求めてもないことをムリヤリ
誇り顔でやることですよね。

鉄舟先生も二十訓で云ってます。
「二十、己の善行を誇り顔に人に報せるな。
 我が行いはすべてが我が心に
 恥じぬために努力するものと思え。」

真理の追求

それを体得させてくれるのが
コチラ
https://sekirintaro.com/sonkyo/
そして、このHPの一番下にある
「無料で講座を受ける」ことで
さらに、その意味が
深く理解していくことになります。。。

いちばん良いのはRSEL寺子屋に行って
蹲踞の指導を受けて「体解」するのが
早いかもしれません。

では、また。


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山岡鉄舟 剣禅話 (タチバナ教養文庫) 文庫
– 2003/9/1
山岡 鉄舟 (著),‎ 高野 澄 (翻訳)

剣禅話 (現代人の古典シリーズ 9) 単行本
– 1971/1/1
山岡 鉄舟 (著),‎ 高野 澄 (翻訳)